まあ、周りに私たち以外に日本語がわかる客がいなかったのは幸いなことでした。そんな東洋人の一団を迷惑そうに見つめるフロアー係に、私はようやくのこと、

「Wine please!」

とだけかろうじて言ったのでした。

するとそのフロアー係は、私が英語を喋れると思ったのでしょうね。思いっきり巻き舌の早口で、「○△#×&、ホワイト、カルフォルニア、$%□?」と聞いてくるではありませんか。語尾が上がり調子であったのと、「ホワイト」と「カルフォルニア」は何とか聞き取れたので、「イエス、イエス! two bottle please!」と私。

「おっ、犬田すごいな。英語ペラペラじゃないか」と商品部長は宣ったのでした。

「部長、白ワインを二本注文しましたが、値段を確認するのを忘れました。きっと高いと思いますよ」

悲しいことに初めての英会話に上がってしまい、「reasonable」と付け加えるのを忘れたのは大失策。

「部長、カードを用意しておいてくださいね。あとでサインもお願いしますから、漢字で名前を書いていただくだけでいいです」

勘定は全部得意先の会社の部長持ちにしてやった。この旅行のために初めてカードを作ったという部長は、「おっ、わかった、わかった」と、快諾してくれたのでしたが、果たしてわかっていたのかわかっていなかったのか。

まあ、日本に帰ってから奥さんにこっぴどく叱られたのは間違いないでしょう。

このときのことがトラウマとなったのでしょうね。私はワインを飲むのはどうもはばかられてしまうのです。

こんな間抜けな日本人がいるということは、フランス人には内緒にしておいてくださいね。

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