ナーダの国へ難破漂着す

「あのう」

少女が振り返って言った。

「何でしょうか」

ぼくは極めて従順に返事をした。

「あなたのお顔、あなたの衣服は大変汚れています。それに怪我をなさっているかもしれません。ですから、こちらに来ていただいて、どうか身を清めてください。この国の第一の務めは清浄です。たえず身を清めることです。この世に姿を現すこと、この世に存在することは汚れることです。身を汚すことです。ですから、たえず身を清めることが必要なんです。

そして身を清めるというのは身を元に戻すこと、あるいは、身をたえず変容させることです。汚れの原因は時間です、時間の経過です。ですからたえず時間を前に戻すことが必要ですし、時間をたえず変容させて行くことが必要なんです。

何が一番清浄でしょうか。清浄の最たるものは無です、非存在です。それからもう一つ、原始です。空間の始まりの無と時間の始まりの原始と、この二つをおいて、清浄なものはありません。ですから無と原始へとたえず帰る必要があるんです。さあ、どうぞ、こちらへいらっしゃってください」

少女はぼくを導いた。遺跡とも廃墟ともつかぬ石壁の間の、地下へと通じる通路ないしは迷路の中を、七曲がり、八曲がり、さらにはそれ以上の角を曲がりながら地下深く進んで行った。壁にはランプがいくつも掲げられてあった。何段も下って水平の石畳の上を歩いて行き、右に左に曲がって一種の迷路をどこまでも進んだ時に、目の前に、忽然として広い円形の広場が現れた。そして中央に大理石で囲まれた円形の噴水の池が、満々と水を湛えて、広がっているのが見えた。池の中央にはとぐろを巻いた巨大な竜の石像が(うずくま)り、その台座の周囲から噴水が上へ放たれ、竜の口からはたえず水が溢れ出し噴出し続けていた。

「さあ、どうぞ、ゾアの泉にお入りください。これは命の泉、竜の泉です。この泉に入って、その水を浴びれば、身を清めるばかりでなく、心も同時に清められるのです。身を清めようとか心を清めようとか考えるまでもなく、水を浴びれば、自ずから清まるのです。さあ、どうぞ、衣服を脱いで、中へお入りください。

さあ、さあ、恥ずかしがることはありません。裸になることは恥ではありません。汚れがあるから恥ずかしいんです。汚れがなければ何を恥ずかしがることがありましょうか。一番の汚れなきものは無です、一番の裸なるものは無です。ですから無は何一つ恥ずかしがるものを持ちません。無こそ清浄そのものです。無垢そのものです。

それに比べれば、形あるものは、形あることで、すでに汚れたものです。ですからたえず清めることが必要であり、(みそぎ)が必要にもなるのです。私は着換えの衣類を取りに行ってきます。では、どうぞ、身を清めてください」

少女はそう言っておもむろに立ち去った。