ナーダの国へ難破漂着す

「それでは、あなたはどういう人なんですか」

ぼくが質問する番になった。

「私はセイレイと言います」

「それに、ここはどこですか、何と言う国ですか」

「ナーダの国と言います」

「何ですって。何と言いましたか」

「ナーダ、ナーダ、ナーダの国」

「それ、聞いたことがありません」

「何もない国、何でもある国」

「ぼくの想像を絶しています」

「この宇宙には人間の想像を絶した事柄がいくらでもあります。私の国の名前を聞いたくらいで驚くなんて、それはまだ序の口にすぎません」

「でも、そんな国がこの地球上に存在するとは思ってもみなかったことです」

「地球は一つではありません。見えない地球、目に見えない地球というものが存在しているのです。あなたの言う地球と同時に、それに重なりながら、もう一つの、ある神秘の時間を生きている地球というものが存在しているのです」

「ああ、いよいよ分からない」

「分からなくてもかまいません。今存在しているものも、かつては想像されたものにすぎませんでした。ですから今想像の中にしかないものも、あるいは今は想像さえできないものも、時至れば、自明の存在、自明の事実になって来るものなのです」

「そうしますと、ぼくがあなたを見ることができ、あなたを取り囲んでいる目の前の風景を見ることができるのも、もしかしたら、ぼくがあなたの言われる、ある神秘の時間を生き始めたからでしょうか」

「よく気が付かれました。その通りです。あなたがある神秘な時間感覚を獲得したからにほかなりません」

「でも、分からない、何もかも分からない」

「そうです、それでいいのです。分からないということが、神秘の時間を生きる最初の感覚です。不知の尊さを知らないものはこの国を生きることはできません。不知こそこの国への唯一の狭き門です。既知の国だけを旅するものは未知を発見することはできません。そして未知の中にしか認識の宝は存在していないのです。ですから勇気をもって、ここを、この国を楽しんでください」

「あなたは一体誰なのですか。輝くばかりに美しい、まるで十八歳の楊貴妃のような、まるで十九歳のクレオパトラのような、もちろん、ぼくは実際には見たこともありませんが、そんな美貌の女性にも匹敵するような、若く美しいあなたは一体誰なのですか。それに、若いお人でありながら、ぼくにも分からないような智慧の言葉を易々とおっしゃる、あなたは一体誰なのですか」

「そうでしたね。まだ私のことを一言も言いませんでしたね。私はこの国のどこにでもいるただの少女にすぎません。ですけど、たしかに、私は今十九歳ですが、同時に八十歳でもあり百八十歳でもあるのです。この国の人々はすべて三重の年齢を持っております。私、いらぬことを申してしまいました。それでは、どうか、これから、私をセイレイと呼んでいただいて、何でも用事を言いつけてください。この島では、漂着した人に最初に出会った者が、その人を世話することになっているのです。ですから、どうぞ、こちらへ、これから、あなたをこの国にご案内し、お世話することにいたしましょう」