インタビュー1 村上秀一郎、品川警察署警部補 その一(リアル)

斉田寛のオンライン追悼会は思いもよらない後味の悪い幕切れで終わってしまった。しかし松野はたとえあんな終わり方をしていなかったとしても追悼会の出席者たちが何か歯切れの悪い、奥歯に物の挟まったような話しかしなかったという印象を持った。あの場にいた一人一人が実はもっとディープな事実を知っている。しかしあのような場では言えない、というような――。

こっちにも不手際があったことは否めない。出席者のほとんど全員が松野とは初対面だったし彼自身も準備不足だった。こっちが正しい質問をしないと相手から聞きたいことは聞き出せない。

実は斉田の死から日にちが経つに従って松野は自分があの斉田とのインタビューで何か重要なことを見落としているという感覚が濃厚になっていくのをどうすることも出来ないでいた。

松野が大学院のジャーナリズム学科の仲間とネットニュースサイトを立ち上げて九か月になる。振り返って見れば彼の斉田寛へのインタビューはその仕事始めと言っていいものだった。

彼の主宰するネットニュース・グループは民主的な運営方法をモットーとして一人一人が自分の独立した分野を持っている。だが彼は最年長で最大出資者でもあり、リーダー的な立場である。その肝心のキーパーソンがニュース勘が悪いとなるとグループの先行きにも悪い影響を与える。

ただでさえパンデミックのお陰で仕事の予定が大幅に狂ってきている。現在グループは総勢十八人になっていた。スタッフの半数は技術系だ。本音はAIのスキルを持つスタッフをもっと増やしたい。だが会社を立ち上げたばかりでIIT(インド工科大学)など海外の優秀な学生にそれなりの給料を提示できる水準にはまだ到達していない。

ただし掘り出し物もあった。香港の民主化運動に同調して東京で中国政府への抗議活動をしていた香港出身の大学生Cをリクルート出来た。彼は自身の危険を承知で運動に参加しており、逮捕の危険があるので両親のいる香港には帰れなくなったと言っている。中国のSNS情報や映像のうち中国当局に具合の悪いものは直ちに削除されるのだが、わずかなタイムラグを通じてそれらの記事が中国以外のドメインを持つ読者にリークされるケースがある。それらを丁寧に拾い上げていくといろんなことが読み取れる。

Cに言わせると東京は中国、北朝鮮、ロシアのスパイがうようよしているそうである。ことに中国はハイテク関係と軍事関係のスパイを送り込んでいる。

Cは“香港臨時便”というペンネームで活動しており本名を知る者はグループ内でも松野を含めて三人だけだ。松野たちは取材活動などで知り得た情報の漏洩(ろうえい)を防ぐために情報管理をアウトソーシングしない方針で、とりわけ微妙な情報はメンバーの端末に絶対に送信しないことと決めている。

松野たちにとってCOVID-19禍の中の活動は予想すらしなかったものになった。今はリモートワークのせいでオフィスを縮小し、お互いの存在感が希薄になりかかっている。だがこれくらいでへこんではいられない。幸いグループの面々は平均年齢二十四歳と若く、やる気満々で希望に燃えていた。

それだからこそ今抱えている事件をもっと掘り下げてニュースを読んでくれるフォロワーを納得させたいものだ。自分が一体何を見落としているのか、事件の隠されたひだを引き伸ばして真相を見極めたいと意気込んでいた。

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