多枝子抜きでは初対面の他人同士だ。急に空気が重くなってしばし沈黙した。秀夫の方から話を切り出した。 

「君は、娘の事が好きなのか?」

「いえ、好きと言うか嫌いではないのですが……。好きなのかどうか……」

父親を前にして好きと言うほど意志は固まっていなかった。しかし、好きじゃないというのも失礼ではないかとも思い、曖昧な答えになった。それに気付いていたのかいないのか秀夫は続けた。

「曖昧な気持ちで生きているほど無駄な事は無いよ。いつも自分の気持ちに自信を持ちなさい。一途な思いは必ず報われる」

秀夫は遠くを見るような目でゆっくりと語った。説教のような台詞だが、決して説教臭くなく妙に説得力があった。しかし、正論だけに博樹は悔しかった。今ある自分を否定されたかのように聞こえたからだ。つい本音がポロリと出てしまった。

「しかし、上手くいかないことだってあるじゃないですか。苦労して苦労してやっと幸せをつかんだと思ったら、裏切られて。あなたは運がよかったのですよ。俺だってもう少し運があれば。あ、すいません」

過去の悔しい経験を吐き出してしまった。博樹の目には、秀夫が人生の成功者に見えて妬ましかった。実際、見えるだけではなく、秀夫は事業で華々しい成功を収めていた。

しかし、「運ですか……。こんな病院で寝ている男の運がいいと?」嫌味っぽくない。爽やかににっこりと微笑んだ。

「いや……」

言葉に詰まっているうちに秀夫は続けた。

「娘は君が気に入っているようだよ。不器用だけど一生懸命な人だって。年齢を聞いた時には少々戸惑ったが娘はしっかり者だから、この位年の差があった方がいいのかもしれないね。今までの経験だと同年代の人には興味はないようなんでね。娘や私に好かれる事は運が悪い事なのかな?」

相手の好意を知って、急に自分が恥ずかしくなった。がっかりさせる前に全てを話そう。そんな気になった。

「いえ……。実は、私は……」

こちらの話より先に秀夫は続けた。

「私の口から言うのもなんだが、あの子は頭のいい子だ。大きな失敗をする心配はいらないよ。もしあの子と今後も付き合っていくなら今の君に何が必要か考えてごらん」

秀夫も多枝子も多くの事を博樹に聞かない。しかし、興味がないわけではない。心に引っかかることをきちんと言ってくれる。しかも、あかの他人にも優しい。悪意があるようにも見えない。良い意味で親子そろって訳が分からん、そう思った。