第一章 不思議な夢

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「お父さん。お加減はいかがですか? 今日は前回話していた幼馴染の健三の話を聞いてくださいよ」

秀夫は黙ったままこちらをにこやかに見つめている。

「どうしました?」

「いい顔になったな」

突然の話で博樹は訳が分からなかった。

「顔!? 顔なんか変わる訳ないでしょう。目と鼻と口が付いているだけじゃないですか」

そこへ多枝子が入ってきた。

「いらっしゃい」

「多枝子……。もうこの人は大丈夫だよ」

「私もそう思います」

また二人にしかわからない次元の会話が始まった。

「いったい何の話しているんだよ……。俺は……大丈夫じゃ……なかった」

思い当たる節に博樹は愕然とした。この二人はきっと自分が死のうとしていたこともわかっていたんだ。語らずとも全てお見通しなんだ。世の中にはまれにそういう人がいるという話を聞いたことがある。

「クスクスクス」

多枝子が笑い出した。

「ワッハッハッハ」

妙な説得力ある展開に少し戸惑った。言葉に困っているとまた多枝子が切り出した。

「実は御神さん。父の終末医療のために転院する事になったのです。実家の鹿児島へ」

「……どういう事だよ」

あまりの急展開に耳を疑った。

「最後に楽しい人に会えてよかった。君の事を息子だと思っていいかね?」

「別にかまいませんが僕なんかでいいんですか?」

「娘の気に入った人だ。君じゃなきゃダメだよ」

秀夫の最後という言葉にようやく別れを悟った。これから分かり合えるというのにもうお別れだ。モヤモヤした気持ちが走った。

「ありがとうございました。あなたは私に必要な物をくれました。いずれお返しは致します」

いつもこの二人に振り回されている感じだ。

「いや、待てよ……」

そう言うのがやっとだったが、二人は当然待つ気はない。

「会えなくなる訳ではないので……。勝手を言ってすいません」

会えなくなるわけではない。それが唯一の救いだった。名残を惜しむように博樹は自分の気持ちを語った。多枝子に対しての気持ち、お父さんを心配する気持ち。上手には話せなかったができる限りのことを話した。今生の別れになるからだ。ただフリーターだということはやっぱり話せなかった。

「名残惜しいよ、御神君。やっと苦難を乗り越えてこれからだというのに見届けることができない」

やはり博樹のすべてが分かっているようだ。

「短い間でしたけどありがとうございました。実の父を早くに亡くしているのでなんかお話できてうれしかったです。心の支えというか……」

「フフフ、もう君は一人でも大丈夫だよ。謙虚な気持ちを忘れなければね」

「はい。ありがとうございました」

「礼を言うのは私達の方だよ、なあ多枝子」

「はい。お会いできて良かったです。悪い人ではなくいい出会いになると感じた私のインスピレーションは正解でした。離れても元気でいてください」

「はい……名残が尽きないんでこの辺で」

本当はいつまでも居たかったが楽しい分辛くなるような気がした。