博樹、多枝子から呼び出される?

「どうして俺はいつもこうなるんだ? 死にかけのジジイに会って何になる」

喫茶店からの帰り道、思わず愚痴をこぼした。しかし、ああ言うしかなかったと言い聞かせた。多枝子は魅力的な女性だが、交際するには歳が違い過ぎる。それにフリーターに、あんないい子がオトせるわけがない。我に返るとそんなうまい話はあるわけはない、あるとするなら相当の苦労を伴うものだろう。どんな苦労が待っているのだろう。どんどんネガティブになっていく自分がいた。

しかし、ある意味冷静になってきたといえよう。ここまで夢のような展開で博樹自身がついていけていなかった。コンパスも持たず大海原でボートを漕いでいる気分だ。ポケットから多枝子の名刺を取り出し、見つめてまたポケットに戻した。この出会いは流れに任せるしかない。そんな気がした。

帰路の途中、駅前商店街に花屋がある。ふと目を向けると彼岸花がバケツに入れられて店先に置いてあった。博樹はその前にしゃがみ込み、小さな声で呟いた。

「なあ……。お前に会ってからおかしなことばっかりだよ。教えてくれよ」

キッチンのシンクには、まだ十数本の彼岸花が生きている。家に帰ると昼夜構わず、まずビールを出してプルタブを開ける。プシュ。一口飲んでからでないと、次の行動に移ろうとしない。博樹は軽いアルコール依存症なのかもしれない。そう思うことも時々あったが、まあいいやと放置していた。

人間、どん底まで追い込まれないと自分を振り返らない。ダイニングのテーブルに座った博樹は、ようやく落ち着いて考えを巡らせた。これからの事をどうしていくのか考えたが、彼女とのことはどうにも考えようがなかった。女は押しの一手というが、こちらから一方的に押しかけても迷惑がられるだけではないかと思うからだ。その辺は、博樹はまだ冷静だった。何一つ今後のことに目途は付けられなかったが、ハッキリしていることは一つだけある。

「とりあえず働かなくちゃ」

正解である。携帯を手に取り、派遣会社に連絡を入れた。

「あっ、御神です。とにかく金になるバイトないですか? 何でもやります」

素直にそんな言葉が口をついた。愛知県東海市。県の行う都市開発計画により、近年どんどん様変わりしていく。もともとは、名古屋へのアクセスがいいのでベッドタウンとして開発していた土地だが、住居者が増えたことと学校誘致計画があることなどから駅前の商業開発を始めた。大きなビルディングを何棟も建設しなければならない。博樹はその現場にいた。ビル建設といってもピンからキリまである。素人のバイトにやらせる仕事は下請けの下請け、雑用がメインの仕事だ。

「ほらバイト! 夕方までにこの砂利全部運び出すんだぞ。このままじゃ間に合わないぞ!」

「はい! すいません!」

ごく簡単な仕事だが何かにつけ力仕事だ。半日もやっていると、足腰はガタガタだ。

「まあいいよ。もう昼だ。飯!」

助かった、少し休める。天気がいいので、みんなが集まるプレハブではなく、外で昼食をとることにした。昼食はコンビニで買った海苔弁当。380円だ。お茶は家で入れた麦茶を水筒に入れて持参している。弁当を食べ終え、雲を眺めながら煙草をふかしている時に携帯が鳴った。