この頃の私の娯楽は、一人でプレイするテレビゲームなどが中心でした。母は仕事に行っていたので、休みの日はゆっくり休んでほしいと思い「遊びに連れて行ってほしい」と言い出せず、あまり外に遊びに行く機会はありませんでした。

このときの正直な気持ちは、寂しかったし、もっと友だちや家族と遊びたかったです。一人で悩み続けているとき、最悪な心境のときは「このまま死んでしまおうか……」と思ったほどでした。

余談ですが、この経験が友だちを救う手助けにもなりました。

高校3年生のときのクラスメートが、気持ち的に自分自身に自信が持てなくなったのか学校に来られなくなった時期があり、学校の担任の先生から電話で勇気づけてやってほしいと相談を受けました。

そこから学校がある日は毎朝「一緒に勉強しよう。みんな待ってるよ!」と勇気づける電話をかけました。電話をかけた期間ははっきりとは覚えていないのですが、毎日かけ続けたと思います。

しばらくしてそのクラスメートが学校へ通えるようになるまで回復しました。あとから聞いた話によると、車の免許を取り、車を乗り回すぐらい元気になったそうです。

のちに私が施設に入ったときに一度だけその方と再会することができ、「小倉君、あのときはありがとう」と言ってもらいました。自信が持てない状況からすごく前向きに変わっていたことがとても嬉しかったです。私の電話がどの程度役に立ったのかわからないですが、人としての思いやりや声をかけることの大切さを私も学びました。本当に元気になってくれて良かったです。

私は12年の学校生活で児童会長や生徒会長を経験するなど、常にリーダーシップをとってきました。私は、さまざまな場面で常に中心的存在であるがゆえに、優等生であることを望まれ、本来の自分を出せなかったりもしました。

優等生を演じていた部分もありましたね。「頑張れ! 頑張れ!」とよく言われました。「こんなに頑張っているのに」って言いたかったです。辛い一面ものぞかせながら生活を送っていました。

そして、私より重い障がいを持つ親御さんからの私に対する過剰な期待、やっかみに苦しむことも……。

「この子より、あなたはいろいろできて幸せでしょ。頑張って」「あの子は良いよね、障がいが軽くて」

いろいろ言われました。確かにそうかもしれないですが、当時の私にはその言葉が重く響き、悩んだ時期もありました。

生きる目的を見つけるための教訓

「自分が辛い経験をした分、友だちを思いやる」

・誰にでも悩みを抱えたり、自信が持てない時期があります。そんなときに助けてくれる友だちは本当の友だちです。