第1章 自身の源 ─思い出あふれる学生時代─

【運命の日】

1975(昭和50)年4月16日、私は8ヵ月の早期出産で約1300グラムの未熟児として生を受けました。出産前に、医師から家族に「母子ともに、もう助からない」と言われたそうです。私は、出産時に泣き声を上げることなく生まれ、結果として、身体に重い障がいが残ってしまいました。

生育不足のため、3ヵ月間保育器に入りましたが、母はこのときのことを振り返って、「箱入り息子だった」とたまに言うときがあります(笑)。

退院後、家族が私の首が据わっていないことに気づき、大学病院を紹介してもらい受診することに……。

診断の結果、脳性麻痺(正式な障がい名は脳性麻痺による四肢体幹機能障がい)の障がい認定を受けたのは、生後2年が経過した1977(昭和52)年8月。このとき家族は、この現実をどのような想いで受け止めたのか想像もつきません。「障がいを持って生きていくこと」

これが私の人生のテーマとなりました。このことが良くも悪くも私の人生に影響を与えていくことになります。

これから私がさまざまな経験をし、そのなかで成長してきたことを綴っていこうと思います。