【前回の記事を読む】立ちはだかる「将来」…ハンディに思い悩んだ高校3年生時代


第2章 将来の不安─ハンディのある者の限定された進路─

【私の生き方を決定する奮起】

こういったさまざまな想いを巡らせるなかで、「こんな最悪な状況にはなりたくない。ダメ元で頑張ってみよう! これでもしダメだったら諦めよう」と思い、本当に追い込まれたとき、良い意味で開き直り、前向きに取り組もうと自分のなかに変化が起きました。

この心境の変化が自分の自信をつくることになります。落ちるところまで落ちたら、あとは上がるしかないですからね。それが良かったのかもと思っています。

お尻に火がついた私はいま自分にできることを必死に考えました。

同時に、「自分は一度死んだ命を救ってもらった。こんな私にも何かできることはないか? そして、家族を安心させるには、私が就職して、私自身が経済的に自立すること。よし、やるぞ! やるだけやってダメだったらそのときに諦めよう!」と決心しました。

このときから私の意識が変わり、高校3年生から資格取得の勉強を始めました。高校3年生の一年間は毎日約8時間の勉強を自分に課しました。もちろん、お盆もお正月もありません。国語、数学、理科、社会、英語の5教科と簿記の勉強を中心に没頭しました。

「よくそれだけの勉強ができたね」と言われましたが、その当時は辛いなんて思わなかったです。重い障がいを持つ私が、とにかく社会に出るためには資格取得が必要条件です。人生を賭けた勝負でした。

「将来は働いて、友だちもいっぱいつくって楽しむぞ!」と自分に言い聞かせながら頑張りました。

そして何よりありがたかったのが周囲の協力です。高校3年生のときの簿記の担当の先生は、土曜の放課後まで私の勉強に付き合ってくれました。先生に手づくりの教材もつくっていただき、そのことが嬉しくていまでもその教材を捨てずに持っています。本当に感謝でした。先生の協力がなければ、いまの私はありません。

周りには、「あなたにこんな難しい資格取得は無理」と言ってくる方もいましたが、まったく気に留めませんでした。それよりも何とか目標を成し遂げて、就職したい想いが強かったです。自分が心の底から成し遂げたいと思ったら、周囲のマイナスの言葉は入ってきませんでした。自分自身が誰よりも自分のことを信じていました。「自分はやれば必ずできる!」と言い聞かせました。