壱之夢 ユニークな生い立ち

第3話 筑豊の暴れん坊

乱暴者ではあったが、幼少の頃から優しい心も合わせ持っていた源太。学校にも、ろくに行けない悲しい日々を、長女として幼い弟妹のために母を助けて健気にも働く昌代を放ってはおけなかった。

人目を忍んで会っては、心づくしの金や米を恵んでやる心の優しい源太。十七歳になった源太の胸に芽生える恋心。

「俺は、いつまでも飯塚にはおらん。いずれは福岡へ行って一旗揚げるんじゃ」

「まさか……」

「俺は本気だ! おい、お昌、俺はお前が好きだ。お前もついてこい」

「でも、おっかさんや、弟たちが……」

「いいから、いいから」

と、言うや否や、源太に淡い恋心を抱いているまだ十四歳の昌代を女にしてしまう。そんな折に、出会ったのが新しい山の主、有馬文左衛門であった。

「儂の話が絵空事かどうか、それはやってみなければわからぬではないか。一杯やりながら話し合おうや」

源太ほか十数人の威勢のいい鉱夫たちと焼酎を酌み交わしながら「よっしゃ! 話はわかった。後は俺に任せろ」

文左衛門は、これまでの儲け一点張りであった経営方針を改め、鉱山(やま)の安全と近代化に手をつける。炭鉱夫が安心して採掘できるよう坑道を太く頑丈な造りにする。文左衛門の人柄に心服した源太は、この千載一隅のチャンスを見逃がさなかった。

このお方こそ自分が仕えるべき一生の親分と心に決め、鉱夫たちの先頭に立ち、体を張って文左衛門を助ける。鉱山は様変わりし、明日の見えない〈飲む、打つ、買う〉の、その日暮らしの生活が、鉱山から消えた。炭鉱夫は女房子供を養える立派な生業(なりわい)となり、町に活気が(みなぎ)る。

〈ナレーション〉

文左衛門の予想通り、三年後には金融恐慌が起こったが、堅実経営で難を逃れる大栄商会。大正十二年には関東大震災が起こる。

震災後の復興需要や生活の洋風化で景気の回復は間近と観て、震災の翌年、大栄商会の本社を東京に移す。大阪に加えて福岡にも支店を出す。食料、繊維製品のほか雑貨など、生活必需品を中心に幅広く商品を取り扱うようになる。鉱山で統率力と実行力を文左衛門に認められた源太、二十四歳にして福岡支店を任される。

文左衛門は勤勉な源太夫婦に特別目をかける。夜学の学費を支給して、そろばんと簿記を学ばせる。幼い頃からの夢をついに叶えた源太、昌代と五人の部下を率いて売り上げを一気に倍増させる。時代の流れを観るに敏な文左衛門。事業を大きく伸ばすには官、なかんずく、軍との結びつきが大切と考え、狸小路公麿の力も借り官と軍とのパイプを着々と太くする。

機械、造船、物流など軍需産業に進出し、業容を拡大する。ついでに鼻の下も伸ばした。源太をお供に祇園や北新地の辺りを徘徊し、艶福家の名を轟かせる。こうして源太は文左衛門に公私にわたり鍛えられ、筑豊の暴れん坊からやり手の商人(あきんど)へと変身していく。時に、文左衛門三十八歳、源太、二十六歳。