壱之夢 ユニークな生い立ち

第4話 母と娘のような本妻と側妻

〈披露宴の当日〉

『旦那様は龍神様の化身で、お鶴とは交わることはおろか、同衾さえも致しておらぬそうです』

と、お鶴の両親から聞かされている加奈。文左衛門に

「お鶴さん、二年間の辛抱が実って、初夜を楽しみにしているわよ」

「お前には済まぬと思っている」

「いいのよ、龍神様からいつものあなたに戻って、たっぷり可愛がってあげてね。お鶴さんに寂しい思いをさせないでね」

と、おおらかな加奈。

第5話 天女と龍神様の初夜

披露宴は関西の奥座敷、有馬温泉のポンポコ山の狸御殿で開かれる。神前で結婚式を挙げると、大栄商会の総務部長、細川源太の進行で披露宴が始まる。出席者は両家の親類縁者とごく親しい内輪の人々。神戸牛のステーキや越前蟹の刺身など山海の珍味が食膳を飾り立てる。

一同が堪能すると、源太が気を利かせて早々にお開きとなる。気の置けない披露宴でリラックスしたのに、二人だけになると「疲れたであろう。露天風呂はいかがかな」と、龍神様に戻ってよそ行きの顔を覗かせる文左衛門。

「旦那様、お先にどうぞ。着替えてすぐ参ります」

お鶴も何やらぎこちない。残照に映える谷の紅葉を眺める文左衛門。手ぬぐいで胸と前を隠し「お待たせしました」いそいそと入ってくるお鶴。

「雪のように白いその体、谷の紅葉より美しいぞ」と、ほめると、嬉しそうに肩を並べる。湯に浸かり、気分をほぐし、ひと汗かいた体にビールがうまい。ついで、灘の銘酒、剣菱が五臓六腑にしみわたり、いい雰囲気になってくる。

男に抱かれたことはないが、男をその気にさせる術は花魁から見習っているお鶴。おちょぼ口を突き出しコケティッシュに微笑む。

「旦那様」

鼻を鳴らしながら文左衛門の肩にしな垂れかかる。お初がうまくいくようにと、公麿が持たせてくれたシャネルの得も言われぬ官能的な香りがお鶴の胸元に漂う。お鶴の色香に文左衛門の雄が目を覚ます。奥の間では赤い夜具が『早よう、来なされ』と、呼んでいる。ひと思いにのしかかって思いを遂げようとする気持ちとは裏腹に、体が金縛りにあったようで自由にならない。今宵も龍神様のまま。加奈との夜は、月の浜辺で交わって、以来二十余年。相も変わらず、燃えるように激しいのだが……。

「今宵が、お初であることを決して忘れてはなりませぬ。何事も旦那様のなすがままに、なさい」

と、母、千里から言われてきたお鶴。片や、天女のようなお鶴との初夜だと思うと純情な少年のように固くなってしまう文左衛門。酒を酌み交わすばかりで一向に(らち)が明かない。