博樹は頭の整理ができずに固まってしまった。しばらく沈黙し、アイスコーヒーをストローでただ啜った。

「いつまで惚けているのだ」

そう叫びたかったが、すべてが壊れる気がして踏みとどまった。アイスコーヒーがなくなり、ストローがズズッと音を立てた。そのタイミングで多枝子が慌てた。

「あ、私もうそろそろ行かなきゃ。この単位落とす訳にはいかないんです」

財布から五〇〇円玉を一枚出した。

「え、そう……。あのお」

博樹はなんとか頭の整理をした。

「はい」

立ち止まる多枝子に気持ちを伝えたいのだが、どうしても素直になれない自分がいる。

「また会っていただけますか? その……、変な意味ではないのですが、何と言うか気になって」

「気になる!?」

「はい。あ!……お父さんが! お父さんの事が気がかりです!」

とっさに言い訳をしたが、逆にそれがよかったのかもしれない。

「優しいのですね。是非、父に会っていただきたいです」

トートバッグに手を入れて何か取り出した。

「プライベート名刺です。連絡ください」

意外にも簡単に個人情報が手に入った。お父さんの心配という噓が功を奏したようだ。

「あっ、私も」

昔の癖でポケットに手を入れたが、今は名刺がない。

「じゃなくて、メモします」

ポケットからクシャクシャの紙を取り出して綺麗に伸ばしアドレスを書き込んだ。

「はい、ではまた」

小走りに出口へ向かい、慌ただしく出ていった。いなくなるのを確認し、浅く座りなおして大きく息を吐いた。かなり緊張していたようだ。話をしてみるとかなり感じのいい娘だ。思ったより話しやすい。もっと彼女の事を知りたいと思った。彼女の事をあれこれ考えながら煙草に火をつけ、コーヒーのお替りを頼んだ。

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