自宅では、犬も飼っていました。

初代のコロとの思い出は、夏に家族で川へ遊びに行ったとき、コロが川遊びをしたびしょ濡れの体で私に近寄り、水しぶきをかけてきたことです。

二代目のコテツとの思い出は、いつも私のそばにいた利口な犬でした。しかし、あるとき急に興奮してこたつで横になっていた私の周りをぐるぐる走り回って、私の頭を踏むハプニングがありました。私が「痛いっ!!」と言ったときに、すぐに私のところに近寄って来て、顔をペロペロ舐めてくれました。かわいかったなぁ。

うちの家族も私のことを大切にしてくれました。

母親は、小学校の低学年まではほぼ私に付きっきりでした。小さい頃は、少しでも体が良くなるかとあちこちリハビリにも参加しました。小学校の高学年からは仕事を始めて母親が懸命に働いている姿を見て育ちました。いま、私が頑張れるのは母親の存在があるからで、本当にありがたい存在です。

母親が仕事に出るまでは、祖母の収入で家族を支えてくれました。昼間は母の代わりに私の介助や学校の送り迎えなどもやってもらってありがたかったです。料理も学生時代は祖母の料理が中心でした。おいしかったです。

兄は、小さい頃はよく喧嘩もしました。いま、思うと、私が母親をとってしまっていた部分もあり、寂しい思いをさせてしまっていたんでしょうね。申しわけなく思っています。中学生ぐらいからよく話しましたね。うちは父親がいなかったから、男同士でしか話せないこともありました。

母や祖母が家にいないときは、私のサポートもよくしてくれました。いまでは、私の一番の理解者です。私のことを大事にしてくれる兄に感謝していますし、いつも頼りにしています。「ハンディがある人の生活は、どんな感じなんだろう?」と思う方もいるかもしれませんが、ご覧の通り皆さんと何も変わりません。したいことや考えていることはみんなと同じです。ただ、体が動かしにくいだけです。

○生きる目的を見つけるための教訓

「体が動かしにくいこと以外はみんなと同じ」

・健常者と障がい者の違い、それは体が動かしにくいだけのこと。前向きにそう考えられるようになったのは、家族のサポートがあったからです。

[写真]4歳の誕生日に兄との2ショット