教会の十字架が見えて、風子は足を止めた。

母はクリスチャン、幸多が生まれてから入信したのだろうか、その前からなのか、詳しく聞いたことはなかった。母にも様々な思いがあったのだろう。

神様が与えた幸多をただ受け入れる。そして愛する。そこまでに思い至る道のりはたやすくはなかったと思う。

幸多だけならともかく、負担を強いなければならない姉である風子への思いも重かっただろう。子供を持った今だから、よく分かる。エンジェルハウスの存在はそんな母を救ってくれた。

松林を抜けると海が急に広がり、幸多が声を上げて駆け出した。

「危ないよ。待って」

慌てて、追いかける。幸多は足が速い。

「靴、濡れちゃうでしょ」

波が打ち寄せて、幸多がまた声を上げた。そう言えば、この波打ち際を行った先に先生の住まいはあった。今もあるだろうか。

あれから随分、時が過ぎた。でも、思いは……。人の思いはいつも浮かぶように、時も生死も超えてずっとある。久先生の思いも。波が大きくうねった……。

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