翌朝ドアを開けると隣のドアも開いた。例の男の子が幼稚園にでもいくらしい。愛らしい子だ。目が合うと男の子は驚いたように大きな目を更に広げた。

「おはよ」

孝一は笑顔で挨拶した。子どもの瞳に何かが灯った。孝一はその子と仲良しになれた気がして、更に目を細め優しい顔を作った。同時に孝一の背中側から太い声がする。

「おはようございます」

振り返ると昨日の男たちの一人がいた。声のわりには若い。絶対に年下だ。今は暴力団も高齢化、というニュースを聞いたことがある。若い反社会勢力は法人化するか、個人で動くらしい。

しかし目の前に二十代前半くらいの礼儀正しい、いかにもな野郎がいる。細く鋭い目が据わっている。口元の引き締まり方が尋常ではない。中背で肩が張り、胸は分厚い。スポーツで負ける自信はないが市街戦でかなう相手ではない。こういうタイプと向き合ったのは人生初だ。

隣のドアは園児の背中ですでに閉まっている。ということは、「さとくん」は俺に挨拶している。

「お、おはようございます」

どぎまぎする。なんだか楽しい。でもいつか災いになりかねない。関わりになってはいけない。引越し先を見つける。このいかつい男が透明ビニールバッグに入った子どもサイズの布団セットを肩に下げている。お昼寝用、とバッグに大書してある。猛々しいが丁寧な文字で。

孝一はこの布団シーツの清潔さに感動を覚えた。小さなバケツまで持っている。孝一は自分で洗濯するようになり、清潔を保つ手間を知った。

「バイバイ」

子どもは孝一に手を振り、さとくんに「おはよ」と挨拶をした。二人は並んで共用廊下を歩いたが男は階段を先に進み、子どもとの距離を常に三段に保っていた。孝一はその子が何となく気になり、手摺りと階段の隙間から二人をそっと観察した。男は、最後の踊り場から子どもが五段を一気に跳ぶ姿を見守っていた。園児の送り迎え? 今日だけだよな? 

翌日も同じだった。男の子は孝一を見ては嬉しそうに瞳を輝かせる。