「映画なら時間つぶせるか」

駅前の商店街の一角に小さな映画館がある。ゆっくり映画を見るのは久しぶりだが、好みでない映画だと決まって博樹は寝てしまう。そのため映画はDVDで見ることの方が多い。もったいないからだ。

映画館の前で映画を選ぶ。洋画のアクションものに興味を引かれたが、上映は二時間後だ。今の時間にちょうどいいのは邦画の恋愛もの。今が旬の若手俳優が主演を務めるヒット作だ。

しかし、ここ最近の博樹は芸能界の事情に疎かった。それも仕方ない。テレビというものは、寂しさを紛らわすための音源でしかないからだ。映画も一部の作品を除いてはどれも一緒だった。

「これでいいか」

一九〇〇円でチケットを買い、C列の6番に座った。入り口に一番近いからだ。見渡すと、平日ということもあってお客さんは五人程しかいない。公開予定の作品が流れ、場内は暗転した。

「お客さん!」

博樹の耳に大きな声が届いた。

「は!」

博樹はぐっすり眠ってしまった。傍らにはユニフォームに身を固め、手にモップを持った清掃のおばちゃんがいた。

「お客さん、疲れているんだねえ」

どことなく憐れむような口調で言った。

「ええ……まあ」

返す言葉もなく博樹はたじろいだ。

「眠たいんだったらサウナでも行っておくれ」

追い出されるようなやり取りの末、博樹は映画館を後にした。

「そうだなあ……サウナにしときゃよかった。いやいや、じゃなくて! あいつは一体何者なんだ!」

思い返してようやく勇気がわいたように、真実を確かめるべくアパートへ走った。出るときは掛けなかった鍵が掛かっている。ポケットから鍵を取り出し開けて中へと入った。博樹は部屋を見渡し風呂とトイレを調べた。いつも通りの様子で使ったはずの食器もいつも通り片付けられていた。ゴミ箱もカラである。人が作業した痕跡もまるでなかった。

「やっぱ夢か……。そりゃそうだなあ」

ポケットの携帯電話が鳴った。派遣会社からだった。

「御神さん、明日のバイトの件、御返事聞いてないのですけど」

「え! ああ、明日は……」

「お引っ越しですよ! 引っ越し屋さん、あなたやりたいって言っていたでしょう?」

「あ、そうでした。えっと……何時でしたっけ?」

別に引っ越し屋がやりたい訳ではなかった。数あるバイトの中でも運送関係、特に引っ越し屋は時給がいいため応募したのである。ただ引っ越しの仕事は、運動不足の博樹にはかなりハードな内容だ。とりあえず明日の仕事だけは行くことにした。キッチンのシンクの彼岸花はとりあえず茎を水に浸けて生かすように養生した。まだ捨てる気になれなかったのだ。

「明日はきっといい日になるさ」

博樹はまだ明日起こることを知らずに、慰めるように呟いた。

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※本記事は、2022年1月刊行の書籍『赤い毒に揺られて』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。