不思議な夢

名古屋市にあるやや高級そうなマンション。いや億ションか? という場違いなところに博樹は来ていた。バイトだから仕方あるまい。五〇四号室のチャイムが鳴り響いた。ピンポーン。 

「おはようございます! ニコニコ引越センターです」

「はーい」と若い女性の声がして近付いてくる足音の後、入り口のカギが開いた。

「はいどうぞ」と迎え入れてくれたのに続いて、バイトのリーダーがお約束の挨拶をした。

「本日はこの三名で……」

「あああああああ!」

リーダーが言い終わらないうちに、博樹はすっとんきょうな声を上げた。

「何だ、バイト! いや御神君」

目の前で身を乗り出してドアを開けているのは、間違いなく昨日の夢に出てきた女性だった。

「貴方は昨日の……」

「何ですか!?」

相手は何も知らない様子だった。

「失礼いたしました。本日はこの三名で作業させていただきます」

女性は気を取り直したように「よろしくお願いしますね」と笑顔を見せた。

もう一度博樹に目を向け、やや怪訝そうに奥へ引っ込んでいった。リビングでリーダーが彼女と話をしている。博樹は隣の寝室でハンガー掛けのついた段ボール箱に、ハンガーに吊るされている洋服を入れる作業をしていた。

一つ一つ箪笥から出して丁寧に掛けていったが、隣が気になって仕方がない。手は動かしながら意識は隣の部屋にあった。いわゆる聞き耳を立てるというやつだ。

リーダーはバイトには厳しいが、お客さんには愛想がいい。どんな人にもすぐ溶け込める才能の持ち主だ。

「そうなんですかぁ。学生さんなんですね。お勉強大変そうですね」

話を聞きながら博樹は心の中で突っ込んでいた。

(勉強が大変なんてどうでもいい。どこの大学なんだ。いや高校? それよりも昨日の夜は……、いやいや)

たまらず彼女に話しかけたくなったが、話題の糸口がない。それにリーダーが見ている前で勝手にお客様と話なんてできっこない。

「あの……。この段ボールは……」

すると彼女は、当たり前のことを当たり前に答えてくれた。

「もちろん運んでくださいな」

「いや……。運ぶのですね、はい」

本当はもっと気の利いた話がしたかったのだが、お客様と日雇いバイトの関係ではこのぐらいが精いっぱいだった。

「丁寧に車に運んで!」

リーダーはわかっていることを念押しした。