前編

遡ること五年。

ユジンの父親は家具の製造卸をしており、李一族の末裔で広大な土地を持ち、二つの工場を所有していた。戦後の好景気で忙しくしていたが、ある夜、第一工場から出火。風の強い日で瞬く間に火の手は全体に広がった。原材料は木材、塗料、ニスなど燃えやすい物ばかり。

その炎は天を焦がし、巨大な悪魔がその手を大きくかざしているようで、社員や周りの住民達は怯えた。

父は第一工場を諦め、第二工場への類焼を食い止めたが、現場は夜明けまで燃え続け、完全に鎮火したのは翌日の昼過ぎだった。幸い他に被害はなかったが、その場に立ち尽くし呆然としていた父は、その後の消防、警察などの事情聴取が重なり衰弱していった。

彼は荒れた。酒量が増し、夜遅く帰宅するようになる。母は心配して言葉をかけるのだが「お前に何が解る‼」と言って、逆に怒られるばかり。彼はギャンブルにも手を染めていたのだ。子供達や妻の心配をよそに毎日呑み歩き、ほぼ賭博漬けになっていた。

「あなた、いい加減にしてください。社員達に顔向けできませんよ。中には辞める者も出てきています。このままでは取り返しのつかない事になります。しっかりして!」

「……フン、俺の金だ。ダマッテろ!」

ユジンは怖かった。今まで見た事のない父がそこに居る。邪悪な生物が父という殻を破って現れた。サンマンには見せたくない。幸い広い屋敷なので、出来るだけ会わないようにするが、家族である。いざという時にそれはかなわない。母はソウルに居る息子達にかなりのお金を預けているみたいだ。再起の為の準備と、兄二人が起業すると言うので、その資金も含めてだと思う。まだこの先何があるか分からないから……。

兄達は知っていた。父の土地が市街地計画に入っていて、火災の原因は『誰かの付け火ではないか?』と言われている事を。ユジンはなおのこと恐怖を感じ取った。

父には心当たりがあるのかもしれない。その事から逃げる為に呑み打ちして紛らわせているのではないか? だったら他に手はないのか。父を救い、一家が安心できる方法は? 巨大な国家という化け物に飲み込まれる前に。奴らはジワリジワリと世間の納得いく形で、李一族を地獄へ追いやるのではないだろうか。

残った第二工場で社員達は懸命に働いたが、以前のような売り上げは上がらない。聞けば元の社員が、州の助成を受けて火事の前から家具製造工場を運営しているという。なんと言う事だ。誰でも理解のできる筋書きではないか。あまりにも父が可哀相だ。