【前回の記事を読む】「どうしてタクシー運転手が知ってるんだよ」男が動揺した、知られていないはずの【秘密】とは

残念ながら俺は噓つきだよ

よろよろと高梨は歩き出した。さっきまで軽かった靴が急に重くなった気がしていた。商店街の入り口で、高梨は何気なく宝石店のショーケースを覗き込み、目が釘付けになった。嫌な汗が大量に湧き上がってくる。

「なんでここにあるんだよ!」

高梨はつい、苛立ちと恐怖の混じった大声を出した。そこに目立つように飾られていたのは、ペリドットが中央にあしらわれたゴールドのピンキーリングであった。ペリドットの周りはプラチナで囲まれ、その近くに金で百合の花の形の細工が施されている、珍しいデザインだ。

高梨がアメリカ留学から帰ってきた際、麻里那が「会いたかった」と泣くので、いじらしくなって高梨は気まぐれに麻布十番商店街で指輪を麻里那に買った。女性にプレゼントはあまりしない主義の高梨にとっては、本当に魔が差したような気まぐれなプレゼントであった。

ピンキーリングを買ったはずが、大きすぎて売れ残っていたものだったので、麻里那の細い小指には大きすぎ、左手の薬指にぴったりはまった。麻里那はサイズ直しをすることなく、仕事中以外は、その指輪を嬉しそうに左手の薬指に輝かせていた。そのことが医局で噂となり、いよいよ結婚かと冷やかされることに居心地が悪くなった高梨は、指輪をプレゼントしてから3か月目のある日、高梨のマンションに遊びに来た麻里那が指輪を外した隙に、ひそかに窓から投げ捨てた。

麻里那が帰り際に指輪がないことに気付いて、ゴミ箱まで探したのだが、その時、別の女性からの手紙を見つけて、麻里那は、「そういうことなの。だったらもう指輪はいい」と言って泣きながら帰って行った。仲直りはしたが、その後、高梨は麻里那に二度と指輪を買わなかった。

確かに、窓から投げ捨てた指輪と同じ指輪が東新町商店街で売られている。あれはデザイナーの1点ものだと言っていたのではないか、と高梨は記憶を手繰り、余計に凍り付いた。

「気持ち悪い」

高梨は必死で指輪から目を背けて、逃げるように商店街の中に走り込んでいった。ジュリア鞄店は派手な看板で、遠目でもすぐに見つかった。商店街はすでに寂れており、多くの店でシャッターが閉まっていた。

「まるで都市(ロック)封鎖(ダウン)だな」高梨は自分の言葉なのに「都市(ロック)封鎖(ダウン)」という聞きなれない言葉に疑問を持ちつつ、ジュリア鞄店に歩み寄った。

その時だ。高梨は、背後から機関銃で大量に撃ち抜かれたような衝撃を受けた。息が苦しい。足が立っているのか回っているのか分からない。嗚咽が漏れる。