お菓子の家の魔女

そこで結愛は、その次のレッスンの際、父を先に部屋に呼び出しておき、何も知らずに来たワオと対面させることにした。ワオは、そんな目論見(もくろみ)も知らず、いつも通り結愛の部屋に来た。

「こんにちは、ワオさん。今日はスペシャルゲストがいるの」結愛はいたずらを仕掛けた子供のように高揚しつつ、ワオを部屋へ招き入れた。

「初めまして、結愛の父です」

結愛の父は、心は優しいのだが、強面(こわもて)である。喫茶店では、垂れ目で福福しい母と、偏屈そうな父のコンビが良いと常連の間で喜ばれている。その強面の父と対面したワオは、あっ、と小さく叫んで目を白黒させ、手から材料の入ったエコバッグを床に落とし、見るからに平常心を失っていた。

「わ、ワオです。さ、猿島」

まあ座ってよ、と笑う結愛とも父とも目を合わさず、ワオは俯いている。

「猿島君ね。仕事は」

「え、絵師、あ、い、イラストレーター……。あと、いざ、居酒屋で、バイトを……」

ワオはようやく座ったものの、正座してこぶしを固く握り締めたままで、まるで子猿がボス猿に叱られているようだ。結愛はその姿を見て、可愛い私の子猿、この瞬間を写真に撮りたい、などと悠長に考えていた。

「将来はどうするつもりだね」

結愛の父は電子タバコを取り出しつつ厳おごそかに呟いた。

「え……あの、ごめんなさい。ちょっとお腹が痛い。帰ります。先生、また来週」

待ちなさい、という結愛の父の声を背中で()ねつけながら、哀れな子猿が群れから逃げ出すように、ワオは何度も転びそうになりながら走り去っていった。

「見た、パパ。猿みたいで可愛いでしょ。パパを呼ぶってことを知らせてなかったから、緊張したのね。悪かったかな」

指差しながら笑う結愛に、父は電子タバコの煙を吐き切って、強く言った。

「確かに、騙したお前は良くない。しかし、結婚を真剣に考えている男が、あんな無様な逃げ方するか」

結愛の顔から一瞬で笑いが消えた。それを見届けてから、父はため息をついた。

「あいつは駄目だ。これ以上深入りするな。やめとけ。やめとくんだ」

呆然とする結愛を置いて、父は部屋を後にした。部屋には、ワオと父のために結愛が用意した紅茶のパウンドケーキが西日に照らされて残されていた。