トリアージ

乗用車が歩行者二名をはねた交通事故現場で、菅平の指示が飛ぶ。

「赤倉くん、傷病者の数の確認と、大まかな程度の把握。水上くん、事故車両の安全確認と、本部に応援要請」

「了解」

現場は、住宅街の交差点。三十代の女性が、三歳の女児を連れて公園に行こうと歩いていたところ、一時停止を無視して飛び出してきた乗用車にはねられた。乗用車の運転手は二十代の男性。

「隊長、傷者は三名。一名は乗用車の運転手、二十代男性。親子をはねた後、電柱にぶつかって停止したようです。フロントガラスが割れて、頭部から出血して、意識障害があります。意識レベルはJCS三桁。呼気にアルコール臭があり、飲酒運転の可能性があります。もう一人は三十代女性。乗用車にはねられて、右下腿の打撲です。意識は清明です。三歳の子供は、母親が庇ったので、外傷は認められません」

「車両からガソリンなどの漏れはありません。警察官を要請済みです。運転手と、はねられた親子で分散収容のため、救急隊一隊を応援要請しました」

舞子と水上から報告を受け、菅平が判断する。

「よし。では、親子を後着の救急隊に任せて、私たちは運転手を車内に収容しよう」

路上に座り込み、泣いている女児を抱きしめている女性傷病者に舞子は声を掛けた。

「すぐに、別の救急車が来ます! 待っていてください」

救急隊三名は、運転席に座ったまま動かない男性傷病者に向かっていった。

「隊長、今の活動ですが……被害者を後回しにして、加害者への対応、なんか、やるせないですね」

搬送先の病院の駐車場。救急車の運転席で病院の事務員から差し入れてもらった缶コーヒーを飲みながら、水上が菅平に話しかけた。後部座席で資器材の整理をしていた舞子も、作業の手を止めて会話に加わる。

「多数傷病者でなくても、救急隊の活動は、常にトリアージですね。今の交通事故の運転手、意識レベルが悪いから頭部外傷の重症と判断して最初に搬送したけど、結局、飲酒運転のアル中の意識障害だったなんて。オーバートリアージでしたか」

軽症の傷病者を重症と判断することをオーバートリアージ、その逆をアンダートリアージという。

「君たちは、命の重さを判断できるかい?」

菅平が答えた。