【前回の記事を読む】あなたが現場に先着した救急隊なら、誰を初めに搬送しますか?

トリアージ

次に、斑尾医師の講演が行われた。二〇〇五年の福知山線脱線事故の話や、二〇〇八年の秋葉原で起きた殺傷事件、二〇一九年の京都アニメーションの火災などの事例が提示され、トリアージタグの書き方や付け方、評価の方法などが説明された。

トリアージとは、処置や搬送の優先順位を客観的な基準で決めていくことで、優先順位の高い順に、赤、黄、緑に色分けしたタグが付けられる。そして、第四順位の黒タグは、心肺停止状態など救命の可能性が最も低い場合に付けなければならない。

普段の救急活動においては、心肺停止の傷病者にも全力を尽くして対応しているが、黒タグを付けなければならないということは消防力が劣勢になっている状態で、判断する側にとっても辛い決断となる。

巡回指導が終わり、舞子が狭山係長と斑尾医師を署長室に案内すると、斑尾が尋ねた。

「……君は、救急救命士か?」

「はい。この四月に、救急隊に配属された赤倉です。よろしくお願いします」

「あれだけ大勢の先輩隊員の前で手を挙げて発言するなんて、なかなか、勇気あるなと思ってね」

「ありがとうございます。つい先日、自主勉強会で多数傷病者発生時の対応を確認してみました」

「自主勉強会?」

「はい。私たちは、現場の経験が少ないので。若い救急隊員で月に一回集まって、症例検討をやっているんです」

「……じゃあ、もっと議論してみよう。さっきの演習だと、傷病者は五人だ。厳密にいえば、多数というよりも『複数』の傷病者がいるだけだ。ただ、救急車で適切な処置をして搬送できるのは、重症者では救急車一台につき一名が限界で、複数の救急隊での活動となる。誰かが現場を統括して、統制を取らなければならない」

「統括救急隊ですね」

「そうだ。救急隊は、いつ、そのような現場に遭遇するかわからない。でも、いつでも心構えをしておくことが大切なんだ。……君、階級は?」

「消防副士長です」

「いつか消防司令補になって、救急隊長として現場を統括してみてほしい」

「隊長は、多数傷病者発生事故に出場したことはあるんですか?」

訓練会場の撤収作業を行いながら、舞子は菅平に尋ねた。救急隊としての経験が浅い舞子にとって、数年、いや、十数年に一度遭遇するかわからない多数傷病者発生事故に備え、これらの知識を覚えていられるのか心配だった。