心拍再開

現場に到着すると、傷病者は自宅の居間でソファーに座っていた。二十分前から、締め付けられるように胸が苦しいと訴え、冷や汗をかいている。傍らでは、妻が心配そうに付き添っている。意識清明、呼吸は浅く速い、脈拍は不整。心電図上にST上昇が見られる。心筋梗塞に特徴的な波形だ。

「心筋梗塞が疑われる。CCU(CoronaryCareUnit:心臓血管疾患集中治療室)に搬送しよう!」

菅平の指示の下、救急隊は傷病者に酸素吸入をしながら安静に搬送を開始する。

「容態変化!」

救急車内に収容したところで、菅平が声を上げた。携帯用の酸素ボンベを救急車に積載されている酸素に切り替えていた舞子は心電図モニターを確認した。心停止の波形だ。運転席に乗ろうとしていた水上も、後部座席に戻る。

先ほどまで、傷病者の意識ははっきりしていたが、現場到着時は意識のあった傷病者が、救急隊の目前で心停止になる場合もある。心疾患が疑われる場合は、なおさらだ。

傷病者は、心肺停止状態になっていた。直ちに菅平が付き添いの妻に説明する。

「ご主人は、呼吸と脈拍が感じられない、大変危険な状態です。私は、救急救命士です。今から医師の指示を得て、点滴をして心臓を動かすためのお薬を投与したいと思います、よろしいですね?」

舞子と水上は、デジャヴを感じていた。

「活動方針だ。傷病者は目前での心停止。アドレナリンを投与し、救命救急センターに搬送する、いいか?」

菅平の指示に、舞子と水上が声を揃えて応答する。

「よし!」

「赤倉くんは指導医に指示要請と静脈路確保、薬剤投与。水上くんは胸骨圧迫」

「よし‼」

傷病者の右腕に点滴が実施され、アドレナリンという薬剤が投与される。アドレナリンは心停止傷病者に第一選択的に投与する劇薬で、心拍再開を狙う。

ここは救急車内。マンパワーは、救急隊三人しかいない。菅平は人工呼吸を続けながら、妻に説明を繰り返して不安を与えないようにしている。救急救命士の資格を持つ舞子は、救急隊指導医と電話で連絡を取り、点滴や薬剤投与の処置を行う。その間に胸骨圧迫を一人で続けている水上は、さすがに汗が滴っているが、胸骨圧迫の深さとリズムは訓練と同じく正確無比であった。

アドレナリンが投与されて二分後、心電図の波形に変化があった。洞調律といわれる、正常心電図の波形に戻っている。

「回復徴候、心拍再開だ‼」

「水上くん、時間経過の記録! 赤倉くん、モニタープリントアウトと血圧測定‼」

再び菅平の指示が飛ぶ。