「私です。グループの会計方針に基づき、税効果会計の仕訳を入れてもらいました」

神岡はアシスタントをかばうように言った。

「税効果会計だと? 今まで税効果会計はうちの財務諸表ではなく、本社側で連結修正仕訳として処理していたでしょう」

と陳思遠は神岡に聞き返した。

「従来はそうでしたが、今期は繰越欠損金に対応する繰延税金資産の金額が大きいため、本社が上海山田のほうで計算して財務諸表に入れるよう、私に指示したのです」

と神岡は反論した。

「本社? 本社は上海に来て、その事情を税務局に説明してくれますか?」

と陳思遠の声はますます大きくなった。神岡は陳思遠の態度に少し苛立ちを感じた。

「おまえ、馬鹿か! うちは設立してもう15年、こちらでできることはこちらでやるべきだ!」

話が終わっていないのに、陳思遠は突然立ち上がり、

「今の言葉、もう一度言ってみろ! 誰が馬鹿か? 今見せてやる、ここで待ってろ!」

そう言うと、陳思遠は財務室を飛び出して、どこか行ってしまった。

「バン!」

とドアが壊れるぐらいの音が耳に響く。そして、5分も経たないうちに、陳思遠は再び財務室に戻ってきて、手に上海山田の社印が押されている書類を神岡に突きつけた。

「つい先週、税務局から上海山田が日本本社に支払うロイヤルティが問題視され、移転価格税制2に基づき税務調査を行うと脅されていますよ。この分厚い文書を作って、営業赤字は日本と関係なく、製造コストの上昇に起因するものだと説明したばかりです。ここであえてこちらから今期の損失は将来の利益を生むためのものと説明する何て、『ノウハウおよび技術の所有権は日本本社から上海山田に移転した、ロイヤルティを支払う必要はない』と主張するのと同然じゃないですか!」

「ああ、しまった!」

神岡は内心自分の乱暴な態度を後悔した。

陳思遠たちは税効果会計の計算ができないから、上海山田の財務諸表に税効果会計の仕訳を入れてくれないと軽く見ていたが、陳思遠が移転価格税制のことまで深く考えていたことに驚いた。