【前回の記事を読む】【小説】「会社に追い出され、家に帰っても一人か! おれは何のために働いているんだ!」…エリート社員を襲った悲劇

帰任命令

月曜日の朝、神岡はいつものように6時に目が覚めた。今日は古川総経理が会社で神岡の帰任を発表することになっている。神岡の業務を引き継ぐのは陳思(チンシ)(エン)になるだろう。陳思遠と会話をしなければならないと思うと、神岡の顔は曇った。

陳思遠は上海山田の財務課長、神岡が中国に赴任した頃、中国語が分からず中国についての知識もない時に、頭が良く、日本語堪能で、賢くて行動力のある陳思遠をすっかり信頼していた。しかし、尖閣諸島事件をきっかけに日中関係が悪化してから、陳思遠の態度は急変した。

いつも中国人社員の前で「日本人だからって、偉そうにするな!」とか、「日本は中国に戦争の過ちを謝れ!」とか、反日の発言を連発するようになった。特別な時期だから、神岡はずっと我慢していたが、とうとう「税効果事件」の時に我慢の限界が来てしまった。

2015年3月、神岡は上海山田の2014年の年度決算を迎えていた。日本の親会社は多くの会社と同様、3月決算、6月末法人税申告期限であるのに対して、中国のすべての会社は12月決算で、企業所得税(中国の法人税に相当する税金)の申告期限は5月末であった。

2013年後半から日本車の販売不振により、日系自動車メーカー向けの部品を製造する山田グループにも大きな影響が出た。2000年に上海工場が稼働して以来、初めての赤字決算となってしまった。上海山田のトップにあたる古川総経理は、旧正月を祝う春節パーティーの際に、「脱日入中」の戦略を発表した。

創業以来日系自動車メーカーのみに販売してきたが、今後は中国の自動車メーカーにも販売を拡大するという。その戦略が打ち出されて以降、営業部と技術部に次々と中国人が入社し、親会社から派遣されていた日本人営業マンと技術者はほとんどが帰国した。