帰任命令

「陳君は北京の名門大学で日本語を専攻し、卒業後大手会計事務所で2年間監査の仕事をした。その後、なぜか突然税金のことに興味を持ち始め、会計事務所を退職して日本に留学した。日本の国立大学の修士課程卒業後、会計事務所に就職したが、2011年東日本大震災の際に親に呼ばれて中国に戻った。その時に『ぜひうちの会社で、本当のCFOになれ』と俺にスカウトされ、上海山田に入社した」

「え、そんなことを初めて聞きました! 彼は日本の大学で何を勉強していたのですか?」

神岡は聞いた。

「税務さ。日本滞在中、日本の税理士試験にも挑戦し、いくつかの科目に合格した。残念ながら、財務諸表論が不合格だった。その後中国に帰国し、日本の税理士と無縁になってしまった。それでも、中国の会計を必死で勉強し、見事に2年で中国の注冊会計士資格を取得した。まあ、日本の名門大学出身で、かつ、日本の公認会計士資格を持つ君の前では自慢することはないと思って、あえて言わなかったのだろう」

「すごい!」

神岡は心から感心した。自分も大学3年生から日本の公認会計士の勉強を始めて、25歳で日本の公認会計士の一次試験に合格したが、さすがに違う国に行って、言葉の勉強から始めて国家資格を目指すなんて考えてもいなかった。そう思うと、勉強熱心の陳思遠に対していっそう申し訳ない気持ちになった。

「陳君は、財務諸表論に合格できない自分は、日本の会計が分からないというコンプレックスを持っているかもしれない。しかし、税効果会計なら、自分が得意としている分野なので、自信があったはずなんだよな」

「あ、もう一杯どう?」と、古川総経理は固まった神岡に日本酒を勧めた。

「本当にすみません!」

「彼のことを知らなくて、ひどいことを言ってしまいました。今度チャンスがあれば、ぜひゆっくり話をして、誤解を解きます」神岡は明日にでも陳思遠に謝ろうと思った。

「陳さんがあまりにも流暢な日本語をしゃべるので、ついつい日本人の部下だと思って、上から目線の対応をしてしまいました、本当にすみません!」

「まあ、気にするな。今度彼と中国語で話をしてみたら、本音が聞けるかもしれないよ」

古川総経理はぐっと日本酒を空けて、店員に向けて、

「すみません、これ、おかわり」

その後二人は30分ぐらい世間話をしながら、ほろ酔い気分を味わった。

「実は、今日神岡に大事なことを言わなければならないんだ」

古川総経理は突然まじめな顔になった。

「何ですか?」神岡は急に緊張してきた。

「先週本社の人事部から、君を7月1日をもって本社に戻したいとの打診があった」

「え!? どうしてですか? 当初赴任3年間の約束じゃありませんか? まだ1年ちょっとしか経っていませんよ、私が何かまずいことをしましたか?」

神岡の酔いは一瞬にして醒めた。