第一章 夏の夜の出来事

一 熱帯夜

その年は観測史上例のない異常高温が続いていた。

午後七時のNHKニュースは、時間を延長して異常気象の特集を組んでいる。

それによると、一部の県を除く三七の都道府県で、この一週間で一〇六九人が熱中症と思われる症状で救急搬送された。そのうち、重症化した者が三八四人で、二一七人が亡くなっている。内訳は五歳未満が三人、五歳から二〇歳未満が二人、二〇歳から四〇歳未満が九人など、年齢が高くなるにつれて多くなるが、六五歳以上の高齢者になると死亡数が急激に増加し、特に、七五歳以上では一七六人と全体の八二パーセントを占める。

高齢者は新陳代謝が衰え、体温調節がうまくいかないため、暑さを感じなくても室温を適切に管理するなどして、熱中症予防に注意を払う必要がある。

厚生労働省は、一九九五年から熱中症による死亡数の統計を発表しているが、二〇二〇年までの統計では一〇〇〇人を超えた年が五回ある。

最も多かったのは二〇一〇年の一七三一人、ついで二〇一八年の一五八一人、二〇二〇年の一五二八人、二〇一九年の一二二四人、そして、二〇一三年の一〇一七人である。近年増加傾向が見られるが、最も少なかった年が二〇〇〇年の二〇七人であることを考えると、一週間で二一七人という死亡数は、いかに異常事態であるかが分かる。

それに、今年は梅雨明けが例年よりかなり早く、まだ、七たな夕ばた前である。暑さはこれからが本番だ。五月の連休明けに、今年初の熱中症による死者が報告されて以降、すでに三二四人が亡くなっていることから、今年は三〇〇〇人を大きく超えると予想される。

財前ざいぜん啓一と妻の節子は、うんざりしながらNHKニュースを見ていた。

「熱中症で亡くなるのはほとんどが高齢者なのね」

「俺たちも今年からは高齢者の仲間入りだ。それにしても、この山に引っ越してきたときはクーラーとは縁がなくなったと思っていたがね。今年の夏はどうなることやら」

「こんなに標高の高い山奥でクーラーをつけたら、ここに来た意味がなくなってしまうわ」

「まったくだ。これほど自然豊かな山の中でもエアコンなしで暮らせないようなら、もう、地球温暖化も末期だな」

「政府には何の手立てもないのかしらね」

「先日の日曜討論では、温暖化の問題は日本の努力だけでは限界があるみたいなことを言っていたな。まるで他人事のように聞こえたよ。せめて、熱中症で亡くなる子どもやお年寄りを一人でも救えるような、何らかの手立てを考えるのが政府の責任だろうと思うがね」