【前回の記事を読む】「浮気相手と面倒を起こさず別れたい」男が相談した相手とは…

のぞみの結末

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希代美が新宿の喫茶店で待っていると、光彦が約束時間ちょうどに入ってきた。光彦はすぐに黄色いサングラスに気づき、真っ直ぐに希代美の席へやってきた。

「お電話した高沢光彦です。よろしくお願いします」

「のぞみ企画です。さっそくですが、お話を聞かせてください」

「非常に言いづらい話なんですが、今付き合っている女性がいまして。そのことに妻が気づき始めたようなんです。でも、僕は妻と別れたくないし、今も妻を愛しています」

「それではなぜ浮気などなさったのですか?」

「面目ない話なんですが、その彼女というのが強引な性格で、どうしても断り切れなかったというか。もちろん反省はしています。だからこそ彼女と別れる決心をしたんです。彼女というのが妻の友人なものですから、もしばれたら離婚することになりかねません。ただ、その彼女が簡単には別れてくれそうになくて。妻にはわからないように、なるべく穏便に彼女と別れたいんです。でも、どんなに考えても良い案が見つからなくて。それでお電話したしだいです」

「わかりました。それでは相手のお名前、住所その他知っていることをすべて話してください」

仲谷春樹は陶芸教室へ入ると、室内を一回り見渡した。やがて高沢淳美の隣に空席を見つけると、そこに座り淳美に話しかけた。

「僕、今日が初めてなんです。もし良かったら基本的なところからコーチしていただけないでしょうか」

「私だってまだ始めたばかりで、教えるなんてとんでもない。講師の先生に教えてもらったほうがよろしいのじゃないですか」

「まあ、それはそうでしょうが。でも年寄り講師に教わるよりも、きれいな女性に教えてもらったほうが上達も早いだろうし、第一楽しいじゃないですか」

図々しい彼の態度を最初は不快に思った淳美だったが、飄々とした彼のペースに少しずつはまっていく自分に気づいていた。

(この人、相当な遊び人ね。でも物腰も柔らかいし、話も面白い)

もともと陶芸に興味があったわけではなかった。暇つぶしに始めるうちに、自分の手で作ったものが家に飾られていくのが楽しみになっていた。できあがった湯呑み茶碗や小皿を光彦が褒めてくれるのも嬉しかった。しかし、数か月が過ぎ、技術的にもこれ以上の上達が見込めなくなって、ろくろを廻すことにも飽き始めていた頃でもあった。そんなときに春樹は現れた。

「食事でもどうですか? 雰囲気のあるイタリアンのお店を見つけたんですが、一人ではなかなか入りづらくて」

会ってから3度目の陶芸教室が終わり、帰り支度をしている淳美に春樹が話しかけた。

「突然言われても困ります」

「予定でもあるんですか?」

「そういうわけでもないですけど」

「それじゃあ、いいじゃないですか。本当に食事だけですから。ねっ、いいでしょう」

強引な誘いを断れなかったのは、淳美も春樹との会話を楽しんでいたからだろう。

(今日は光彦さんも遅いし、もともと外食するつもりだったのだから)

イタリアンレストランでの春樹との時間はあっという間に過ぎていった。

9

『獲物は喰いついた』

前原希代美はメールを送信した。