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光彦は淳美にとってあこがれの男性だった。私にはこの人しかいない。初めて会ったときから、そう決めていた。光彦も自分のことを好いてくれているのはわかっていた。しかし光彦からの告白もなく、虚しく時間だけが過ぎていった。自分から打ち明けなければという思いを持ちながらも、どうしても言えずにいた。そして光彦はあかねと付き合い始めた。淳美はあきらめるしかなかった。

あかねが光彦と別れて、光彦から交際を申し込まれたときは涙が出るほど嬉しかった。これから二人の幸せな人生が始まると思った。淳美には理想の夫婦像があった。

大学生時代、パリへ旅行に行ったとき、衆人環視の信号待ちの歩道で、ある老夫婦がまわりも気にせずにキスをした。信号が青に変わると、二人は仲良く手をつないで横断歩道を渡っていった。見ていた淳美自身が赤面して目を逸らしてしまったが、自分が結婚したときはああいう夫婦になりたいと心の底から思った。

けれど二人で暮らしていくうちに、淳美は何か物足りなさを感じていた。理想と現実の間にひびが入り、その隙間は少しずつ広がっていった。

見た目は充分だし、仕事もできる。性格も優しい。淳美の言うことは何でも聞いてくれる。喧嘩をしたときも、いつも最初に謝ってくれるのは光彦だった。何不自由のない生活。他人から見れば贅沢な悩みなのかもしれないが、それでも淳美には何かが物足りなかった。

淳美が光彦とあかねの浮気を疑ったのは、あかねと再会した日の夜だった。久しぶりにあかねに会ったことを話したとき、光彦は確かに動揺していた。態度も妙によそよそしくなった。光彦があかねに会ったことを話さなかったのは疑念を持たれたくないからではない。実際に浮気をしているからだと確信した。

ただ、光彦から誘ったとは思えなかった。あかねが強引に引っ張り込んだのだろう。光彦を誘惑したあかねを許せなかった。淳美は光彦と離婚したくなかった。しかし、あかねに光彦を誘惑するのを止めてくれと言っても、簡単に言うことを聞くとは思えなかった。まずは浮気の確証が欲しかった。淳美は陶芸教室で知り合った友人に相談した。