【前回の記事を読む】産まれた時点で心の上限は決まっている?個人差ができる理由

持論10

ノートを書き始めて7年が経ち、ふと自分という人間を客観的に見てみると、周りと比べて物事を明確になるまで異常なほど考え、行動していることに気付いた。周りの人から見た自分は異常な人に見えるだろう。なぜなら自分は今いる環境の中での「考える」ということの一般的なライン(普通)を超えているからだ。

一般的に考えて、ただ上にいきたいという気持ちだけで答えも無いのに7年もの間、自分の探究心をノートに書き続ける人はいないだろう。この7年間の自分の疑問を探究し続け、ノートに書き続けたことで大きな物を自分は得ることができた。それは「考える」ということに対してのメンタルの異常なまでの強さだ。

このメンタルの強さを得たおかげで自分の身の周りのことや仕事、仕事の段取りなどを細かく明確にし、行動していることで失敗することが激減し物事がかなりスムーズに進む様になっていることが分かった。今の自分の物差しで考えると、物事を行動していくにあたってその物事を明確にし、行動していく明確な順序を決めて行動していけば必ずいい結果が出るのは当たり前なことだ。

だが、この当たり前のことができずに物事を明確にする前に面倒臭がり、半端な行動をしてしまう人が多く何事もうまく回っていないのが今の世の中の現状だと思う。すべての人が自分自身のことを二の次にして物事を考え明確にし、行動できれば何事も上手く回るのにと、思ってしまう。

だが、そんなことはあり得ない! 自分は単純に自分の身の周りだけ明確にしていれば上にいけると思っていた。しかし、自分にきた仕事だけ問題なく回しても、その仕事をくれる人たちが明確に考えられる人でなければ、その仕事をくれた人を中心に仕事が回るので明確に行動することが難しくなってしまう。

そんなことを考えていたら、その仕事をくれる人に要望するのではなく、自分がその位置にいけばもっとスムーズに物事が回ると確信に近い考えが出てくる。現状の立ち位置よりも上にいくには、会社を興すための情報、会社を興したときの情報、金銭の流れ、必要な金額、周りの会社との立場、立ち回りなどを勉強しておく必要がある。

自分はまだ今の仕事の相場をすべて把握していないが、周りの会社は仕事を明確にしきれていないのがほとんどなのに存続している。なぜ? ということは何とか回せる相場なのか? それくらいの仕事でいい業種なのか? だが、問題が起きると責任を擦り付け合っている現状、ということはやはりなんとか回せる相場なのだろう。

では、その問題を軽減させて明確にし、報告して回すことをすれば自分を頼りにして信頼してくれることはまず間違いないであろう。自分が何かことを起こしたときに社会のルール、法則、摂理のレベルの度合いが知れるときが実に楽しみである。そのときがきて「こんなものか」と思うか「こんなに大変なのか」と思うかは今の自分の努力次第である。焦らず自分のペースで勉強し、精進していきたいと思う。上にいく為に。