【前回の記事を読む】【小説】思わず動揺…盲目の少年と遭遇した女子高生の葛藤

明日の私と私の明日

何とか改札口に着いた時、何かを言われて二回ほど頷いた彼を一人残して、女性が駅員室へ向かった。駅員が中から窓を開けて顔を出し、女性がA4の茶封筒を窓口の下の棚に置いて身振り手振りで説明をし始める。駅員が直ぐに部屋から出てきて、女性と二人で彼の所へ向かった。駅員は待っていた彼に少し話し掛けて、次に改札の中の駅員へ話しに行った。

女性は駅員を待っている間、バッグからハンカチを取り出して彼の濡れた髪の毛や肩などを拭いていた。今度はハンカチを裏返して彼の顔や首筋を拭き始めて、制服のネクタイを少し緩めた。佳奈はその仕草にギクリとして、息が止まりそうになった。女性と彼が、お互いに見つめ合っているように見えた。彼の目は見えてはいない筈なのに、まるで大切な人を見るように女性の顔をずっと見つめて、そして雨を拭いてくれる女性に身を任せたまま、じっとしていた。

もしあの時、あの一分前に勇気を出して彼に歩み寄っていたら、今、彼の目の前には私がいたかもしれない。もし今、ハンカチで彼の事を拭いているのが私だったら、見つめられているのは私だったかもしれない。佳奈は真っ赤になって、耳から頬の辺りが熱くなってくるのを感じた。今、周りの人達にはあの二人が、どんな風に見えているんだろう……。

止まない雨が更に駅へ人を運んできて、改札口が次々に人を飲み込んでいった。