【前回の記事を読む】飛行機で帰省する親に嘘をついてまで、列車に乗った意外なワケ

神様からのおくりもの

僕は瞼を閉じた。追想の中の僕は、まだメガネを掛けていて、ホームの中で時計がよく見える椅子に座り、電光掲示板と時刻表を繰り返し確認しながら、水筒のお茶を何度も飲んでいた。

ベンチに座ったま(うつむ)いてスニーカーの紐を結び直し、靴下を引っ張り上げて、ホームに滑り込んで来た列車を確認して立ち上がると、僕は縁起をかついで右足から歩き出した……。

ゆっくりと目を開けて(はや)る気持ちをもう少し楽しみたくて、乗るはずだった列車を一本見送り、二十分後に来る次の列車に乗る事にした。 

早足で目の前を行き交う人達には、やっと来た列車を見送るなんて考えられないだろうなと、のんびりしている自分を笑った。 

毎日を忙しく過ごすこの人達も、大切な事を思い出させてくれる「帰る場所」はあるのだろうかと、僕はふと思った。あるといいな、とも思った。 

ホームのアナウンスを聞いて、腕時計の時間を確認する。ゆっくり深呼吸して、横に置いたスーツケースに手を伸ばして立ち上がると、あの時と同じように右足を一歩出した。

列車が連れてきたなま暖かい風が、僕のネクタイをふわふわと踊らせた。

「時間を持て余してるなら、おばあちゃんの所手伝いに行けば?」

洗濯物を畳みながら小言を言う母の言葉に、僕は聞こえないふりをする。母は咳払いをして僕をチラッと見た、ような気がした。