第三章 免疫力に働きかける

20 念願のオプジーボ開始

「オプジーボさん、あなたに会いたかったー! ありがとう!」

二〇一七年二月八日、最初に運ばれてきたオプジーボのパッケージを見たとき、私はそう声に出していました。先生も看護師さんも顔には出しませんでしたが、心の中では笑っていたと思います。

オプジーボを投与する前に、点滴で食塩水を体内に入れて血の流れを良くしました。長椅子に腰かけて点滴を受けながら、私はオプジーボに語り続けたのです。

「私は本当にあなたに会いたかったんです。私の体を治すのはあなただって思っていました。昨年から思っていたんですが、今日初めてお会いできましたね。感謝しています」

そして何気なくテレビ画面に目をやると、

「二〇一五年十二月肺がんの患者に保険適用されることが決まった“オプジーボ”の価格が、今月より特例で半額に引き下げられました」

というニュースが流れていました。

「私が今日という日にオプジーボを受けられるシナリオが、用意されていたのかもしれないな」

四カ月かけて私の体をステージVまで悪くして、いろいろな経験をさせた上で、オプジーボがムリなく受けられるように定められていたのではないか? きっとそうだと思いました。

オプジーボを実際に受けてみて、「免疫療法は違うな!」と実感しました。体が元気になるような感覚を覚えたからです。

治療が始まって一カ月くらいしてから、かゆみが出てきました。特に二の腕など柔らかいところのかゆみが強くて、それはつらいのです。

とはいえオプジーボを希望しても二十人に一人ほどは体質が合わずに受けられなかったり、副作用として高熱が出たり、ものが食べられなくなったりすることがあるそうなので、かゆみくらい仕方ないと思いました。

かゆみを感じるのも生きている証拠だと、むしろ有り難く思うことにしています。

胸部の周辺にあったしこりは、オプジーボを始めて一、二カ月の短い間にみるみる小さくなりました。一番大きかった飴玉大のものも、二カ月くらいでアーモンドくらいになり、最初から小さなものは消えてしまいました。

今にして思えば、がんが巨大化したのは、がんちゃんが私に手で触れさせて「これががんだよ」と教えてくれようとしたからなのではと思っています。

「がんちゃん、オプジーボさんとの相性がいいみたいですね。連携してどんどん溶けていってくれてありがとう。その調子で引き続きお願いしますね」

オプジーボの治療に関しては、私が通っている国立病院でも初めてのことですし、まだ最終的な答えが出ていません。いつまで投与しなければならないのかということも決まっていません。

どんなに小さくなってもがんは無くなってはいないので、効いているうちはずっとやり続けることになると思います。

写真を拡大 [図1]6㎝のがんが2㎝弱になったことを示すCT画像

がんが


消える前に
 

「これががんだよ」
 

と教えてくれた。

※本記事は、2019年8月刊行の書籍『がんでは死なない 余命3カ月から生還する心構え』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。