【前回の記事を読む】「受けた恨みは消えないのか」道場で見たすさまじい浄めの儀式

見た夢は何処

幼い頃から寝ていて見た夢と現実とが重なることが多々あった。十六歳で大阪に出てきてまだケーブルカーを知らなかった頃、山を登る電車の夢を見て親方に、電車が山に登る夢を見た、そんな物あるのかなと聞くと、「いろいろあるで、近くやったら六甲山とか、生駒山にもあるで」と教えてくれた。

夢の場所は何処かなと、地図を広げてみると大阪近郊には幾つものケーブルカーが記されてあった。地図とにらめっこして休みを利用して信貴山に行った。信貴山寺と思っていたが寺の名前は朝護孫子寺と記されていた。

大きな仁王門をくぐり暫く歩くと、日本で最初に多聞天様が現れた場所と記され、すぐ奥に馬に乗った聖徳太子の像があった。境内は大変広くて見所はいっぱいあり、とりあえず本堂へと思い、進んでいくと途中に水を汲んで、頂上の空鉢さんへお供えして下さいと書かれている。

本堂よりも高い所に祀られている空鉢さんに興味を持ち、水の入れ物も持たずに頂上を目指した。五十、六十メートル上ると朱塗りの鳥居がずいぶん上の方まで続いている。四十センチから五十センチの間隔で立ち並んでいる。所々に金属製の物や石の鳥居も見られた。急な坂で息切れし、数えていた鳥居の数も途中で諦めてしまった。

頂上に辿り着くと見晴らしのよい所で暫し景色に見とれていた。休憩のあと、なに様が祀られているのか見てみようと思い、直径七、八メートルほどで、高い所で人の背丈位の高さの周りを一周してみた。周りには柵もなく、高い場所に行けそうである。登り口と思われる所に人の形をした小さな石像が置かれていた。

四国の片田舎で生まれて幼い頃から眠気に襲われるなか、南無大師遍照金剛と繰り返し聞かされてきた身には、弘法大師が一番偉い人と思っていた。拝む言葉といえば南無大師遍照金剛しか知らないのである。小さな石像を見て思わず、「あれお大師さんこんな所でなにしとん」と口に出てしまった。

弘法大師は当然一番高い所に祀られているはずだと思っていたのである。右回りに高い所まで細い道ができていた。途中いろんな石像が置かれていた。意味があってのことだろうが、知識のない私には全く理解できなかった。一番高い所にはとぐろを巻いた蛇の石像が置かれていた。

もう一度祭壇らしき場所の周りを一回りしてみると大きな石碑が沢山あり、それぞれに竜神さんの名が刻まれている。登り口に置かれていた人型の石像と、高い所に祀られていた蛇の石造について少し理解できたかなと思うのは、ずいぶんのちに再度訪れたとき宝物館で縁起絵巻を見てからである。

登り口に道案内人のように置かれていた石像は命連上人と思われ、今、生きている此の世界は、人間の世界だけでなく、何層構造にもできているのかもしれないと思い楽しくなってきた。生駒山は不思議な山で、神道、仏教、修行場、神社、寺院、さまざまある。是も夢を追ってというより気に留めていたという程度のものである。