【前回の記事を読む】経営者の父と会社員の息子。かみ合わない会話にやがて…

挑戦すべき標的の模索

親父に誉めてもらいたくて《三十歳》

「うん、会社経営については、僕は解らん。でもね、人の気持ちは解るつもりだよ。お客さんも従業員も、結局は人なんだから。お客さんや従業員がどうすれば喜んでくれるか、その気持ちの由縁するところを徹底的に考えるのが、経営者じゃないのかな」

熱くなった父親を落ち着かせようと、恭平は穏やかにゆっくりと、諭すように話した。

だが、平常と違う物言いが、余計に父親の気持ちを逆撫でしたようだ。

「生意気なこと言うな! 儂の苦労が、お前なんかに解るか!」

「それじゃあ、もう何も言わんよ。親父の会社がどうなろうと、僕には関係ないんだから。明日の朝は早いから、もう寝るわ」

恭平は箸を措き、自分の部屋に入り後ろ手に襖を閉めた。

妻の淳子が父親に詫びる声が聞こえる。

(昔の親父なら、追いかけてきて襖を押し開け、ビンタの一発も張るだろうに……)

恭平は暗い天井を睨み立ち尽くしたまま、大きな溜息を吐いた。

これまでも父親の勝手な言い分に腹を立て、恭平は悔し涙を幾度となく流してきた。

しかし今、息子に虚勢を張ろうとする父親に対し、憤りは無い。

(いつか息子の謙祐が、俺をこんな風に見るのだろうか)

湧き上がる寂しさを掻き消すように、再び深い溜息を吐いて、恭平は襖を開けた。