不退転の覚悟

一号店の出店から八カ月余りたった、或る日の午後。万鶴の現場にいた恭平は、大泉社長に呼ばれ社長室に入った。

「マルナカ商事が、ひろしま食品との取引を停止する言うとるが、専務は知っとるんか」

「はあ、何のことでしょう」

「ひろしま食品からの支払いが二カ月も遅れとるけぇ、もう納品できん言うとるぞ」

「申し訳ありません。私は全く知りませんでした」

「知らんじゃ済まんだろうが。直ぐ親父と弟に確認して来い」

マルナカ商事は広島でも有数の食品卸業社で、万鶴はもちろん、ひろしま食品のメイン仕入先だった。慌ててひろしま食品に駆けつけた恭平は、常務に事の次第を質した。

「うん、支払いが遅れているのは確かなんだけど、その都度に電話でお詫びして、了解してもらっていると思ったんだけど」

「思ったじゃ駄目だろう。何で俺に言わないんだ。他の取引先はどうなっているんだ」

「二カ月遅れているのはマルナカ商事一社だけど、一カ月遅れているところは、他にも何社かある」

「何やっていたんだよ。社長を呼べ。これから三人で相談しよう」

三人揃ったところで、どんな解決策も思い浮かぶ見込みはなかったが、せめて事実確認をして早急に対応したいと恭平は思った。

「正直、儂は疲れたよ。もう、会社を畳んだ方が良いかも知れん」 

のっけから弱音を吐く父親に腹を立てながらも、恭平は責任を問うことはできなかった。

「常務は、どう考えているんだ」

「僕も、どうしていいのか分からん。タクシーの運転手にでもなって、やり直したい」 

この言葉を聞くと同時に恭平は立ち上がり、大きく踏み込んで常務の頰を平手で張った。

「馬鹿野郎! ふざけたことを言うな! 『タクシーの運転手でも』とは何だ! タクシーの運転手に失礼なことを言うんじゃないよ!」

「そんな考えだから、お前は何をやっても上手くいかないんだ! どうせ言うなら、『タクシーの運転手になって、広島一のタクシー会社を興す』くらいの台詞を吐いてみろ!」

「……」

「エンゼルスのビジネスに対して、お前に未練はないのか!」

「続けられるなら続けたいよ。だけど、どうしたら利益が出せるのか分からん」

「その言葉は、本気だろうな」

「もちろん、本気だよ」

「よし、分かった。今から大泉社長に会ってくる」 

恭平は、その足で大泉社長の自宅を訪ねた。