「楓さん、私ようやく白拍子のお稽古を許されたわ。いろいろ教えてね」

「もちろん私が知っていることは全て、なんて、私もまだまだ始めたばかり、御師匠様に叱られてばかりです」

「見ていたからわかっています。でも、先に白拍子の修行に入っているのが羨ましかったの」

「一緒に学んでいきましょう。楽しみが増えたわ」

「私も楓さんを手伝って、家事もやりたいわ」

「まだまだ水は冷たいし大変よ。それに、そんなことしてもらったらお師匠さんに叱られそう」

「いえ、叱りませんよ」

背後から磯が優しく呟いた。

「あっ、驚いた。お母様いらしたのですか」

「静、これからは娘ではなく弟子の一人として扱います。家事も楓にしっかり教えてもらいなさい、女子(おなご)(たしな)みです。そして、芸事では切磋琢磨するのも上達への道。そして、相手の足を引っ張るのではなく、二人で補い合って共に高みに昇りなさい」

「はいっ」

「はいっ」

「そうそのように自然に気持ちも合わせるのよ」

「はいっ」

「はいっ」

「また合ったわね」

笑顔で奥に向かう禅師を二人は見送った。

こちらは、都から遠い空の下、ここにも明るい陽光が降り注いでいる。東国武蔵野の荘で、仲の良い兄妹が入間川河畔で遊んでいた。

土豪河越太郎重頼の子である。兄重房は十二歳、妹(さと)は静と同じ五歳。二人の母親は源義朝の三男頼朝の乳母であった比企尼(ひきのあま)の娘である。伊豆国(ひる)ヶ小島に流され、未知の地で家臣も身内もいない頼朝を比企尼は糧食を運ぶなどで支え続けていた。

重頼は頼朝挙兵の時は畠山と共に対抗勢力であったが、後、頼朝に帰服して信任を得、御家人として重用された。坂東武者の中で最も強力な豪族の一人であり質実剛健、一本気で信頼も厚かった。また、平安時代からこの地方の文化は高く、都まで聞こえ、伊勢物語等に記されている。重房と郷はその薫陶を受け、人間性も申し分のない兄妹であった。

静と郷は後に義経と密接な間柄となるが、この時は当然互いの存在さえ知らず、明るく素直にそして健康的に育っていく。

もう一人、悲劇の女性である清盛の娘徳子は十九歳となっていた。政略結婚を目論む清盛の下で未だ嫁ぎ先は決まっていなかったが、この時は栄華の絶頂期の平家の一族として繁栄を享受していた。