入り江の真んなかに座礁した帆船が見える。遠目にもメインマストは折れて垂れ下がり、残りのマストの帆が面倒くさそうにはためいていた。萱野は遠めがねで覗いて、

「おい、ちょっと覗いてみろ。船腹に大砲が見える」

と若宮に遠めがねを渡した。船腹に四角に切った窓のような口が並んでいる。それらは海水が入らないようにふさがれているのだが、そのなかの一つが外れて、そこから大砲の砲身が見えた。若宮伸吾が、枠がはめ込んである窓の数を数えて、

「片側十六門ありますね。船尾にも四門あります。どれくらいの威力があるのでしょうか」

後の方は呟くように言って、緒方三郎に遠めがねを渡した。普段は風采の上がらない緒方であるが、このときばかりは異国の帆船に興味津々で、特に遠めがねで大砲を見たときは別人のように興奮していた。萱野がもう一度遠めがねを覗きながら、

「あれを下ろして、試し打ちをやろう」

と、言った。

一行は、一旦、疾の番所に戻り、翌日、海防方組頭の宇美野正蔵と鉄砲方組頭の梶山外記が加わり、そろって吹の村に出向いて舟を出させた。

一行は二艘の舟に乗って、吹からは見えない異国船の右舷船尾に垂れ下がっている縄梯子を登り、甲板に降り立った。縄梯子は吹の村人が折れたメインマストを伝ってなかに入り、甲板から降ろしたものだった。萱野軍平は異国船を見たときから、こんな船をつくりたいと思ったが、船に近づくにつれ、その尋常でない大きさに目を見張った。

それでも、所詮は人がつくった物ではないかと、自分に言い聞かせて、甲板に降り立った。船はメインマストが右舷に倒れているものの、帆は張られたままなので、それらが風にはためき、船を小刻みに振動させている。マストや帆からおびただしい数の綱が舷側や甲板に繋がれて、風に揺れていた。

萱野はその複雑さに、船は造れても、果たして船を動かせるかと、気がくじける思いだった。宇美野は小柄だが気宇が大きく、帆船に近寄ったときには、見上げる大きさに、ただ「ふむ」と言っただけだったが、さすがに甲板に降り立ったときは、その広さに感嘆した。

一緒についてきた梶山外記は茫然としていた。人は人知を越えたとき、頭に何も入って来なくなる。その典型の様子だった一人、緒方三郎は頓着なく、舷側の窓穴に向いて固定されている大砲を調べに船内に降りた。異国船のことを書物などで知っていたから、なるほどと思うだけですぐに関心が大砲に向かったのである。