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志村ふくみさんとゲーテの色彩論

それはゲーテの『色彩論』だった。

志村さんの言葉を借りれば、あの緑したたる葉から、緑は染まらないのだという。藍がめの中に浸した時の鮮やかなエメラルドグリーンは、なぜか瞬時に消えてしまうのだそうだ。なぜ、あの緑は消えてしまうのか。地上に留まらないのか。刈安等で染めた黄色を藍がめに浸した時、はじめて緑が誕生するのだという不思議。

宇宙にはきちんとした法則があり、それはありとあらゆる生き物を司っているのではないのだろうか……という漠然とした疑問が、ゲーテの『色彩論』と出会うことにより、明確な確信へと変わっていった、と書いておられる。

「色彩は光の行為(能動)であり、受苦(受動)である」(ゲーテ『色彩論』)

難解すぎて深く理解できたわけではないが、当時の私には、病めるものへの温かい励ましのメッセージのような気がした。

生きているということは苦しいことだけではなく、それと同等の光が存在しているのだという宇宙の法則。今は苦しいことしか受け止めることはできないが、闇を受けた分だけ貴女の人生には光もあるのですよ……とあのテレビ番組は私に伝えてくれたのだろうと受け止めた。

「宇宙を最も大きく拡張した姿や、もはやこれ以上分割しえないほど小さな姿において観察してみると、全体の根底に一つの理念があり、それにもとづいて神は自然の中で、自然は神の中で、永劫の過去から、永劫の未来へと創造し、活動しているものだという考えをわれわれは斥けることはできない。直観し、観察し、熟考することによって、われわれは宇宙の秘密に近づくことができる」(ゲーテ、自然科学論集『自然と象徴』)

そして、光と闇は大きなテーマになった。

それでいて、あの頃、死の思いは私の中で一定の居場所を占めるかのように、消えることはなかった。スタートしたステロイド六十ミリはかなり減っていたが、同じ病気で死んでいった人たちの様子がトラウマのように浮かんでくることがあった。

まして私の場合、発症の原因は出産によるものだろうと言われていた。今は様々な研究がなされ、膠原病で亡くなる人は少なく、ステロイドの副作用が問題なのだが、当時は暗中模索のような状態だった。長男が二十歳になるまで生きていられないと思うと、心が萎えた。そんな中で、私はもう一人子どもを産もうと決意した。理由は、長男を一人っ子にしたくなかったからである。