【前回の記事を読む】まさにヒーロー。いのちの現場で戦う、救急隊の毎日とは…

大交替

グレーの救急服に袖を通し、赤倉舞子(あかくらまいこ)は朝日が差し込むロッカールームの鏡に向かって右手を挙げ、敬礼のポーズをとってみた。

「消防副士長、赤倉舞子は、渋谷三部救急隊員を命ぜられました」

人事異動の初日は、必ず署員の前で申告をする。舞子は、セリフを噛まないように、何度も復唱しながら、右の眉尻にあてた五本の指が揃っているか、ショートカットに切ったばかりの髪がはねていないかチェックした。

四月一日は、東京消防庁の定期人事異動日である。

「おっ、今日から念願の、救急隊員だな。おはよう」

ロッカールームを出たところで声をかけてきたのは、救急隊長の菅平(すがだいら)消防司令補であった。救急一筋二十五年のベテランだ。初めての交替制勤務となる舞子は、優しそうな隊長で良かった……と安堵した。少し顔をしかめたような笑顔が、昔飼っていたパグ犬にも似ている。

「隊長、予防課から配置換えになった赤倉です。今日から、お世話になります」

舞子は新しく上司となる菅平に頭を下げた。顔を上げると、同じグレーの救急服の菅平の名札が目に入った。左胸に濃紺の刺繍で刻まれた「救急救命士」の文字が、ボロボロに擦り切れている。

「おはようございまーす。お、新入りだな。よろしく」

事務室に入ると、次に現れたのは、救急機関員の岩原(いわはら)消防士長だ。四十代とは思えない鍛え上げられた肉体は、特別救助隊員として救助の最前線で活躍していたという経歴を実証していた。

救急隊は、救急隊長、救急隊員、そして救急車の運転や整備を担当する救急機関員の三名一組で編成されている。二十五歳の舞子は、大学で救急救命士の免許を取り、東京消防庁に入庁した。資格があるからといってすぐに救急車に乗って勤務するわけではなく、まずは予防課で火災予防の仕事と消防官としての基本業務を覚えた。

そして、この四月にようやく、念願の救急隊に配属されることになった。今日は、その第一日目である。

「今日から新メンバーだからな。五分前には、車庫前に並んでおけよ」

菅平は舞子と岩原に指示を出し、事務室を先に出た。現在、午前八時二〇分。あと十分で、新しい仲間と、救急隊員としての仕事が始まる。

消防の仕事は、市民の生命、身体、財産を守ることである。とはいえ、救急や救助、消火活動だけでなく、その業務は多岐にわたる。火災予防や危険物の取扱いなどの専門的な業務のみならず、民間の会社と同じように、人事や経理などの部署もある。消防は基本的には市町村単位で行われている。

その中でも東京消防庁は特殊で、二十三区のほか、多摩地区の市町村からも消防業務を委託されているため、職員数は一万八千人を超える大所帯である。本庁や、地域ごとに分かれている方面本部のほか、約八十の消防署と約二〇〇の出張所が管轄地域を守っている。

消防署や出張所には、ポンプ車やはしご車、救助工作車、救急車などの消防車が配置されている。