スリランカで思い出されるあの夜

ある年スリランカ入国時のコロンボ国際空港。手荷物受取のターンテーブルでいくら待っても、結局私のスーツケースは、出てこなかった。バンコクでコロンボ行きに乗り継いだのだが、別の航空機に積まれてしまったのか、そのまま降ろされずに次の目的地の空港まで行ってしまったか、皆目わからない。

ニューヨークのワールドトレードセンター・ツインタワーへの旅客機2機激突という前代未聞の同時多発テロ事件は、ほんの2週間前の出来事であった。セキュリティーの強化は言うに及ばず、空の便の混乱は、地球規模で甚大な後遺症を引きずらせていた。

運悪い! 戻ってくるのだろうか? イヤな予感だ。

「航空会社ごとのバッゲージクレームオフィスへ行って、ロストバッゲージ(手荷物紛失)の申告をし、追跡調査の上、後日こちらに到着したら連絡をもらい、必要なコンペンセーション(補償)を受けることができる」

と、空港まで迎えに来てくれた大手紅茶プランテーション経営会社のAさんは、冷静にアドバイスしてくれ、

「明日のディンブラ茶園への訪問は、予定通り行きましょう。必要なものは、明日市内のスーパーに連れてゆくので何でも買えますよ。山から下りてきたころには、スーツケースが空港まで届いていればいいですね」

確かに、困ったことだが仕方ない、今晩のところはあきらめて現地の指示に従うことにして、夜遅くホテルにチェックインした。明日は、セイロンでも指折りハイグロウン茶園を訪問の上、ゲストハウスに泊めてもらうことになっている。

一夜明け、朝から熱い日差しの中、Aさんは、ホテルまで来てくれた。細身でインテリジェントなスマート感溢れる輸出担当のマネジャーで、欧米出張も頻繁にこなす。

「さあ、スーパーで必要物資(※注1)を調達したら、気を取り直し、ディンブラに向けて出発しましょう」

目的地はセイロン紅茶発祥地の一つであるディンブラ地区ボガワンタラワという面白い地名にあるK茶園。アップカントリーの大自然に囲まれた場所で、買付の実績がある優良茶園である。スケジュール通り事は運び、茶園と工場の視察、直近の生産品についてのテイスティングを終えたら、マネージャーズバンガローで夕食となった。

その夜は、スリランカの数々の茶園での優れた経営管理の実績を持つ、腕利きのベテラン茶園マネジャーを囲み、紅茶談議。スリランカの自然保護区に生息する象やサイなどの野生動物の話。続いて、スリ日2国の論客による国際情勢を憂いつつの政治談議となった。

「ニューヨークツインタワーへの旅客機激突には、驚いたね」

「そもそも湾岸戦争を仕掛けたアメリカに対する報復ではないのか?」