大きなご褒美

こうして探し始めたグランドピアノ、これはそもそも和枝と廉の一人娘、この春に小学校に入学したばかりの遥に贈る大きなプレゼントだった。遥は四歳になると家の二階で鳴っているピアノに興味を示し始め、自然な流れでピアノ講師をしている和枝が教えるようになった。

ピアノを弾くことはもちろんだが、鍵盤に触れる前には、太っちょの小人とやせっぽちの小人が描かれたイラストカードを見せながら音の長さや拍の感覚を教えたり、カスタネットを叩かせて体全体でリズムを作る練習をしたり、とにかく毎晩二人でわいわいやっていた。

和枝は国産メーカーが運営する音楽教室の講師を務める傍ら、家でのレッスンや出稽古もしていたので、遥のレッスンはたいてい夜、お風呂の前にということになっていた。「パパとママだけに聴かせるのもいいけど、ちょっとみんなの前で弾いてみようか」。和枝がそう言って、今年の夏「全国わかばコンクール」に遥を初めてエントリーさせた。

神奈川県に隣接する東京の自治体が主催するコンクールで、幼年の部からレベルが高いことで知られていた。遥にはコンクールの意味すら教えていなかったので、お出かけ感覚で付いてきて、おそらくほとんど緊張感もなく舞台に上がっていた。その甲斐あってか一次予選は楽しく弾いてクリアー。

二次予選は、課題曲の中からヘンデルの「ガボット」に挑んだ。遥はその頃バレエも習い始めていたので、和枝は、踊るセンスがないと弾くことが難しいこの曲を敢えて選んでいた。曲はアウフタクトで始まる。自然な流れに聞こえるようにするのは思いのほか大変だった。

七歳の子に理論を教えるわけにもいかないので、和枝は暇を見つけては遥の手を取り、ダンスをしながら、ピアノでどう歌えばいいのかを教えた。そして二次予選もくぐり抜け、気が付けば本選出場の五人に残っていた。

本選は遥がトップバッターだった。紹介アナウンスが聞こえ、舞台袖からそっと会場を覗いた遥は一瞬たじろいだ。「この前と違うね」。客席はびっしり埋まり空気が断然重たかった。

「何なのこれ、ママ」と、後ろから自分の両肩に手を置いていた和枝を振り仰いだ。

「何だろうねぇ。でもこれ終わったらきっといいことが待ってるから」

「えっ! 何、何」

「内緒よ~」と言いながら、遥の髪からずり落ちそうになったヘアピンを差し直している。やっと日常じゃない何かが起きていると察した遥だったが、意を決して舞台中央に向かって歩き出した。その小さな背中を見つめながら、和枝はエールを送っていた。

「やっぱり水色のドレスにして良かったね」