大きなご褒美

「やったー!」。車の中で遥は喜びを爆発させていた。

廉がナビで調べた、ホールから三十分ほどの場所にあるスーパー銭湯に向かっていた。これが和枝の言っていた「いいこと」だった。

遥は舞台で湯山昭「『こどもの国』よりワルツ」を弾き、「えっへっへ」とおどけた表情で袖に戻ってきた。一番手の重圧を一歩一歩脱ぎ捨てながら、小走りに。

「普段通りとまではいかなかったか」と感じた和枝だったが、小さい体をぎゅっと抱きしめ「明るいワルツ、寂しいワルツ、元気を取り戻すワルツをちゃんと弾き分けていたよ」と褒めると、やっと遥に笑顔が戻った。

そして審査結果発表までは四時間近くあるため、何はともあれお湯に浸かって、三人でのんびりしようと決めたのだった。

土曜日のお昼どき、大広間はなかなかの混みようで三人分の席を取るのもやっとだった。浴衣姿で天ざる蕎麦を食べながら、話はピアノのことになっていた。

和枝は家のレッスン室に、自分が中学から使ってきた今のピアノのほかにもう一台置かせてもらえないだろうかと言った。

「廉、さっきの遥の演奏どう思った」

「珍しく緊張したのかな。ちょっとだけ硬くなってたけど、音楽はのびのびしてたね。練習以上の力は出ていたような気がするけど」

「そうなのよ。今回試しにコンクールを受けさせてみて分かったことがあるの。この子いつもおちゃらけているように見えるけど、実はどうして、ちゃんと考えてピアノやってるのよ。それでね、遥の力を伸ばしてあげるためには新しいピアノがどうしても必要だと思うの。今使ってるのは相当くたびれてしまっているし、廉も知っている通り、前の調律師が、もっと鳴る楽器にしようと勝手に妄想して、あれこれ手を加えて、響板に要らない細工までしたでしょう。あのせいであと十年、二十年弾き続けたくてももう限界が来ちゃってるのよ」

「いや分かるよ、言ってること。でも今のピアノは下取りに出さないで使い続けるっていうのはどうして?」

「やっぱり私にとっては思い入れのあるピアノなの、どんなに状態が悪くてもね。今すぐ処分する気にはなれない。それにね、レッスンの時あると重宝するのよ。手本を示す時とか、いちいち生徒さんと席を替わらないで済むでしょ。それに2台ピアノの曲の練習が家でできるようになるなんて夢みたい」

「なるほどね」

「遥が音大めざすとか、将来ピアニストになるとか、そこまでは考えちゃいない。だから将来への投資とかいうのではなくて、今のあの子が正面から向き合えるピアノを探してあげたいの」