坊の入り江で抜け荷が行われている疑いがあるとの諸星玄臣の報告で、岩淵郭之進は、抜け荷が坊の入り江で行われているとすれば、それが半月ほど前に起きた疾の海防番所の番士の行方不明事件と関連しているのではと考えた。疾の海防番所と坊の入り江は近いからである。

番士の行方不明事件とは、疾の海防番所では番士たちが舟を出して近隣の海を巡視しているのであるが、半月ほど前、その舟が戻らず、その後、番士一人の遺体が鷲の嘴で見つかったのである。その遺体には殺傷傷があった。それが刀傷ではなく鉤裂き傷で、その他に鉄砲傷もあったことから何かの争いに巻き込まれたことは間違いなかった。それが、まだ解決していない。

またもや迷宮入りになるかと危惧した岩淵郭之進は、事件は抜け荷と関わりがあると考え、江戸詰で国元では顔の知られていない青山新左衛門を事件に当たらせることにした。番士の行方不明事件については何の手がかりも得られなくて、事件が抜け荷と関わるのなら、抜け荷のことを調べたほうが早いのではとの起用である。

問題が一つあった。青山新左衛門が剣の腕はからっきしだったことである。それで、護衛役として、国元で顔を知られていなくて腕の立つ人物がいないかと、ちょうど、在藩していた用人の加持惣右衛門に相談した。