いや、落ち着こう!

今はいつから記憶がないのか、冷静に思い出さなくてはいけないのだから。

思い起こせば、私は、多かれ少なかれうまくいかない人間だった。小さい頃からそうだった。

泣いたこともなかった。悲しいとか、寂しいとか、あまり感じなかった。

両親は忙しく働いていて、あまり私の成績とか、学校の話に興味がなかった。

ただ、楽しかったことは、いわゆるいいかげんな生徒を叱責することだった。正しい理論をかざして、先生の賞賛を勝ち取っていた。それこそが、大義だった。

汚いやり方が許せなかった。当然、いじめがあったら、遠慮なく先生に訴えた。

いたらない大人にも、同じように向かっていった。いいかげんなことを話す大人に、戯れ言を話すなと言ったこともあった。そのときは、殴られかかったが……。

浮いた噂は一度もなく、大きな失敗もなかった。

親友と呼べる存在はいなかったが、煩わしさもないので、寂しくもなかった。

傍から見たら、強い人間とも、変人とも見えただろう。

だが、私はいたって普通だった。

『そう言う君たちこそ、変わってるんじゃないのよ!』

そう思っていた。

おおまかに言えば、私のような人間は、日本では『変な人』なのだ。

だから、寂しくなくやっていける。強くもなれる。しかし、何を考えているかわかってもらえない。理解されない……。

だけど、やっぱり間違ったことはしていない。そんな自負だけはあった。

他人からよく思われていないかもしれないけれど、他人に大きな恨みを買うという存在でもない私だから、今の状況は、まさにパニックに陥る寸前だ。

山を下りながら、最後の記憶をたどった。

そうだ! 映画を一人で観ていたはずだ。

映画館は空いていた。昔の名作……言わずと知れたミュージカルなので、大画面で観たいという人は、ある程度年配者が多かった。

いい映画だと思った。

だけど、なぜか途中から眠くてしかたなかった。あまりに日常が忙しかったから……。だから、眠くなったんだと思う。

しかし、おかしなことに、その後、映画館で目覚めた記憶がない。

どうも、何かおかしい気がする。なぜ、あそこまで眠かったのか。確かに、仕事は忙しく、帰りも遅い日が続いた。だから、よけい眠くなったと思うのだが、目覚めた記憶がない。

正確には、映画の途中からの記憶が、この朝までなかったことになると思う。ということは、映画館からこの山に来てしまったことになるのか? でも、なぜこの山に来たのだろう。

うまく思い出そう。順を追って思い出していくこと、それしかない、と思った。

だけど、記憶はそこで止まったままだった。

誰か私に睡眠薬でも飲ませたのか?