鳥の唄と雨の唄

「風間くんのこと、ダイキライって言ってたけど、何かあったの?」

改めて問い質そうとも思っていなかったのだけれど、授業担当の先生が気の早いインフルエンザにかかって、自習監督の仕事が回ってきた。大磯東の生徒は、だからといって大混乱を起こすような生徒ではないから、普通は課題を配布して時間が終わる頃に回収に行けばいいのだけれど、普段馴染みのない二年生のクラスに、今福くんの顔が見えた。

窓際の席の足立くんに、目だけで合図して今福くんの席に近づいたのだ。

「別に。何て言うのかな。あの、人間性?」

佑子としても、今福くんも風間くんも、まだそんなにじっくり話しているわけではないし、人間性云々を言われても困る。

「何か、きっかけがあったの? その、人間性について、考えさせられるような」

「先生さ、アルフォートって、あるじゃん」

チョコレートのお菓子のことだろうか。無難に先に進もうか。

「美味しいよね」

「そうさ。先生が来る前の二月にさ。オレ、クラスの女子にもらったわけ、一袋」

「もしかして、バレンタイン?」

「と思う。十日だったからビミョーだったけど」

「うん」

「それをさ。オレとしてはバレンタインの収穫の一つとしてカウントしたいワケじゃん。そのまま、教室の机に入れてたんだよね」

その子が、なぜ何の飾りもつけずに袋ごと彼にそのチョコをあげたのかも謎だけれど、それをバレンタインチョコと無理やりカウントしてしまおうという今福くんのセコさも、苦笑を誘うのだが。

「それをさ、全部食いやがったんだよ、風間はさ」

肩のあたりの脱力と、噴き出してしまわないように力んだ頬と。気分は軽いのだけれど、佑子の肉体は不自然なパワーバランスを強いられる。

「で、風間くんにムカついてる、と」

「それだけじゃないんだけどさ」

ムカついている筆頭がチョコレートの盗み食いなら、人間性の問題だってたかが知れている。一瞬レベルのムカつきを、整理もつかないまま引きずっちゃってるだけなんだろう。落ち着いて考えれば馬鹿馬鹿しいって分かることなのに。