二〇一一年を迎えた頃、会長が肺癌であることを知った。無理をして出社されていた。私の机の脇に立って、「おい、痛いんだぞー」と、本当につらそうにおっしゃった。声に力がなかった。何か言おうと思ったけれど

「元気を出して下さい」

「お大事になさって下さい」

どんな言葉も上滑りな気がして、言うことができなかった。

言葉が見つからず、やつれた顔を見上げて、頷いた。やがて入院され、春三月、亡くなられた。せっかく植えたタイサンボクが咲くのを見ずに、逝ってしまった。

その花が咲いた日、昼休みに光子と私は見に行った。明るい陽ざしの下で、光沢のある葉が重なり、厚みのある白い大きな花弁が開いていた。咲いた花は天に向かって三つ。甘い、芳しい香りを放っている。

他部署の同僚たちも、眺めていた。もっと花に近寄ろうとしたとき、「危ない!」と、止められた。大きなクマンバチがブンブンいいながら飛びまわっていた。

「会長ったら、初めて咲いた花を独り占めしたいのね」

光子とそう言って笑った。

「どうだ、見事だろ、いい匂いだろ!」

と、会長が得意気に笑っている気がした。その年の秋、私は定年退職を迎えた。