2007年

国家と戦争(続き)

ホテルに聞くと、英語ガイド付きのワルシャワ半日観光ツアーがあるというのでさっそく申し込んだ。翌日、他の観光客に混じって私たちもマイクロバスに乗り込んだ。

ポーランドの歴史をほとんど知らない上に英語のガイドなので、ある銅像の前で説明を聞いてもその人の名前さえ聞いたことがなく、私にはいつの時代のどういう人かよくわからなかった。

わかったのはショパンやノーベル賞を二度受賞したキュリー夫人のゆかりの場所ということくらい。その観光ツアーで衝撃を受けたのが、案内される多くの場所が過去の戦争の傷跡をたどるものだったことである。

これがナチスが使っていた建物(壁にはいまも生々しい弾痕があった)、これがユダヤ人虐殺の慰霊塔、これはわずかに早すぎたばかりに悲劇になったワルシャワ蜂起の記念碑、などなど。

日本の観光で、京都、奈良や日光を巡るのではなく、広島の原爆ドーム、靖國神社や東京大空襲・戦災資料センターなどをメインにした観光ツアーを想像してもらえば近いのではないかと思う。

何度も他国による侵略を受けた過去を持つポーランドは、観光ツアーでもそうした戦争の歴史を抜きにはできないのだろう。

ツアーを終えてジャン=フランソワとレストランで昼食を食べながら、「とても勉強になったなあ」と言うと、「うん、私もそうだった。学校の授業で習わなかったことがたくさんあった」と彼も答えた。

「日本の歴史の授業では近代まで来ないうちに時間切れになり、近い過去のことはあまり授業で教えないんだ」

「フランスではそういうことはないけれど、きょうの観光ツアーでもう一度ヨーロッパの歴史を勉強してみようという気になったよ」

彼はフランスの中でもドイツの国境に近いロレーヌ地方のヴェルダンの出身だ。そこは第一次世界大戦の激戦地で、いくつかの戦争記念館や墓地を巡る見学バスがあるそうだ。

「でも、過去にあれだけ戦争をしながらフランス人とドイツ人は第二次大戦後、わりとすぐに仲良くなったよ」と彼は言う。

“だいたい食文化が貧しい国は信用できない”とフランス大統領が言えば“かえるなどを食べる野蛮な国が何を言うか”とイギリスの首相が返したという話があるように、どうもフランス人にとってはドイツ人よりイギリス人の方が仲が良くないようだ。

第二次大戦でイギリスとフランスは同じ連合国側としていっしょにドイツと戦ったのに、なぜあまり仲が良くないのだろうというのが日本人の私の素朴な疑問である。

近代の戦争より、中世にイギリス・フランス百年戦争と言われる長い戦争をしていた記憶が潜在意識にあるからだろうか。

日本のサンデンには留学生採用の中国人が少なからず働いているし、中国にはいくつかの合弁会社もある。今回の世界大会では上海から来た人とパーティでのテーブルがいっしょだった。

なごやかに歓談することができたし、「いっしょに写真を撮ろう」と記念撮影もした。ブルターニュダンスではフランス人、ドイツ人、イギリス人、アメリカ人、ポーランド人、イタリア人、インド人、イラン人、シンガポール人、中国人、日本人……と皆が手をつないで踊った。

国対国ではいま険悪な状態にあるアメリカ人とイラン人もわだかまりなく打ち解けているように見えた(ほんとうのところはわからないが)。

このように個人対個人やビジネス上は仲良くやっていけるのに、なぜ国対国になるとギクシャクしてしまうのだろうか。飛行機からながめるとポーランドとドイツの境、ドイツとフランスの境などわからない。

車で走っていて知らないうちに国境を越えていたということも珍しくはない。他国と地続きで接していない島国の日本からするとちょっと不思議な感覚である。

そもそも国境は人為的に作られたものだ。では国境など無くせば戦争を回避できるかというと、今度は人種や宗教などの違いが出てきて、血で血を洗うようなより深刻な戦争を招来させてしまうだろうからそう簡単にはいかない。

理性的で自由な個が民主的な手続きを経て成立させたある種抽象的な国家のほうが、民族や宗教など幻想的なアイデンティティを基礎にした集団を拠り所にするよりもまだましという気がする。

ナチスはそうした理性的な個が民主的な手続きによって成立させてしまったものでもあるから、そうは言えないという声もあるだろうが。

戦争の背景には必ず経済的な問題があるとも言われる。経済的な問題を解決すればある程度は戦争を防ぐことは可能ではないか。それもひとつの手段である。

フランスやドイツなどが過去の戦争に対する反省から、国と国の間の壁をできるだけ低くして緊張を回避しようというのがEUの試みである。

その意味ではEUによるヨーロッパの統合は人類の壮大な実験とも言える。それはうまくいくだろうか。

※本記事は、2018年10月刊行の書籍『ブルターニュ残照』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。