戦のない世の中なぞ夢のような話だが、民の暮らしを第一に思い、そのためなら親の仇をも許すと言う儂の面前の青年を、感心して見つめていた。
青年は整然と一気に語り、そして言葉を締めくくった。
「五百住の郷の民草を安寧に治めている彦六郎殿の手腕は見事です。どうですか、五百住のためだけにまとまるのではなく、天下万民のために彦六郎殿の力を使ってみたくはありませんか。試してみたいとは思いませんか」
人の心をくすぐるような、嗾けるような物言いをして、ひと回り以上も年上のこの儂を誘っておる。
『若造めっ』
と思いながらも、儂は儂で、己の心の奥底で何やらが燃え始めたのを感じていた。
『さて、どうしたものか。今ここで〈応〉と答えるべきか、〈否〉と返すべきか。はたまた、持ち帰りで検討するべきなのか』
己が脳みそで儂は自問自答を急いだ。
『何を今更。今日、ここにこうして罷り越すことによって、こうなることは予見できたし、実は心のどこかで儂は、こうなることを期待してもいた。
それに、一生、五百住の小領主でいるという選択肢が、己の選択として最善とは思えないし、何より面白くない』
己の心の内の思いに今更気付いた儂は、もはや断ることなどできない心境になっていた。
「良うございます。微力ながらお手伝いさせていただきましょう」
と、儂は答えた。
表情を緩めた青年は座から駆け寄り、自分の両の手で儂の両の手を包み、
「宜しく頼みます」
と言った。
凛とした青年、すなわち三好利長様が退出された後、左脇に控えた武士が「三好長逸」と名乗り、
「今後のことは、この長逸に相談されますように」
そう言って立ち去った。
この三好長逸は今後、生涯を通じて関わりの深い御仁となる。
一方の甚介はお気楽に、
「兄者、よろしゅう頼むぜぃ。さぁて、これで面白いことになったわい」
と大袈裟に笑いながら長逸の後に続いて広間を出て行った。
これが我が主君三好利長様との出会いであり、儂の人生が急展開した一日となった。
この後、利長様は摂津国下郡の守護代となり、辺りの有力な国衆である池田氏や伊丹氏などを傘下に繰入れ、鳥養貞長や野間長久などの摂津の土豪を家臣に加えた。
翌天文九年の末。利長様は隣国丹波国の守護代である波多野稙通の息女と結婚し、その二年後の天文十一年には嫡男が誕生した。ご嫡男の誕生には利長様のお喜びもひとしおで、ご自分の幼名と同じ千熊丸と名付け、御役目のない時は常に若君と過ごされていた。
ちなみに利長様は天文十年に名を〈範長〉と改められた。